不特定多数との関係を求める心理|それは異常なのか
前回は、
「セックスが好きな人はおかしいのか」
というテーマについて考えてみました。
今回はもう一歩踏み込んで、
「不特定多数との関係を求める心理」
について考えてみたいと思います。
この話題になると賛否が分かれます。
理解できるという人もいます。
理解できないという人もいます。
だからこそ面白いテーマなのかもしれません。
人は一人だけを好きになるものなのか
子どもの頃から私たちは、
「好きな人は一人」
という考え方に触れて育ちます。
恋愛ドラマもそうです。
映画もそうです。
結婚制度も基本的にはそうなっています。
もちろん私も、その価値観を否定するつもりはありません。
実際に一人の相手を深く愛し続ける人もたくさんいます。
それは素晴らしいことだと思います。
ただ、人間は本当に全員が同じなのでしょうか。
私は時々そんなことを考えます。
魅力を感じることと行動は別である
ここで一つ分けて考えたいことがあります。
それは、
「魅力を感じること」
と
「実際に行動すること」
は別だということです。
結婚していても、
街で素敵な人を見かけることはあります。
職場で魅力的な人と出会うこともあります。
それ自体は自然な反応でしょう。
問題になるのは、その後どう行動するかです。
私は、この二つを混同すると話が難しくなる気がしています。
新しい刺激を求める脳
脳科学の世界では、
人間には新しい刺激を求める傾向があると言われています。
新しい景色。
新しい食べ物。
新しい趣味。
そして新しい出会い。
これは性欲だけの話ではありません。
私たちは本能的に変化に興味を持つ生き物なのかもしれません。
だから複数の人に魅力を感じること自体は、それほど不思議なことではないようにも思えます。
私自身の考え
少し個人的な話をします。
私はセックスが好きです。
そして正直に言えば、不特定多数の人と関係を持ちたいという気持ちを理解できます。
だからといって、
誰かを裏切りたいわけではありません。
誰かを傷つけたいわけでもありません。
ただ、人間にはそうした欲求が存在することを否定できないと思っています。
世の中には同じように感じる人もいるでしょう。
逆に全く理解できない人もいるでしょう。
それで良いと思います。
価値観は人それぞれです。
異常という言葉は便利すぎる
人は理解できないものに対して、
「異常」
という言葉を使うことがあります。
しかし本当にそうでしょうか。
歴史を振り返れば、
恋愛の形も結婚の形も時代によって変わっています。
国によっても違います。
文化によっても違います。
つまり私たちが当たり前だと思っていることも、絶対ではないのです。
もちろん法律や社会のルールはあります。
守るべき約束もあります。
しかし欲求そのものを異常と決めつけることには、少し慎重になった方が良いような気がしています。
欲求と責任は別問題
私はここを大切にしたいと思っています。
欲求があること。
そして行動すること。
この二つは別です。
誰かに惹かれることは自然かもしれません。
複数の人に魅力を感じることもあるでしょう。
しかし実際にどう行動するかは、自分で選択できます。
そこには責任が伴います。
だから私は、
欲求を否定するのではなく、
欲求とどう付き合うかを考える方が建設的だと思っています。
年齢を重ねて感じること
60歳を超えて思うのは、
人間は思っている以上に複雑だということです。
愛情と性欲が一致する人もいます。
一致しない人もいます。
一人の相手だけを求める人もいます。
複数の人に魅力を感じる人もいます。
どちらが上でも下でもありません。
人間の多様性の一部なのだと思います。
まとめ
不特定多数との関係を求める心理は異常なのでしょうか。
私は必ずしもそうは思いません。
人間には様々な欲求があります。
そして価値観にも大きな違いがあります。
大切なのは、
欲求を持つことそのものではなく、
その欲求とどう向き合うか。
どのような責任を持って行動するか。
そこなのではないでしょうか。
次回は、
「風俗で働く女性は何を求めているのか」
というテーマについて考えてみたいと思います。
私は風俗で働く女性をリスペクトしています。
その理由についても、少しお話ししたいと思います。
皆さんはどう思いますか。
