愛情の器シリーズを書き始めてから、
私は愛情についてずいぶん考えてきました。
人は本当に一人しか愛せないのか。
愛と独占欲は同じなのか。
誠実さとは何なのか。
承認欲求はどこまで愛情に影響するのか。
そして前回は、
愛することと必要とすることは違うのではないか。
そんな話を書きました。
ところが記事を書き終えたあと、
私はある疑問にぶつかりました。
もし相手を必要としていないのなら、
なぜ愛するのでしょうか。
今日はそのことについて考えてみたいと思います。
若い頃の愛と今の愛
若い頃の恋愛は分かりやすいものでした。
会いたい。
声が聞きたい。
離れたくない。
いつも一緒にいたい。
そんな気持ちが愛情だと思っていました。
実際、それも愛情だったのでしょう。
しかし61歳になった今、
少し違う景色が見えています。
一人で食事もできます。
一人で生活もできます。
休日を一人で過ごすことも苦ではありません。
むしろ気楽な部分さえあります。
では愛情はなくなったのでしょうか。
そうではないと思うのです。
必要だから愛するのか
恋愛の多くは、
必要とすることから始まります。
寂しい。
誰かにいてほしい。
支えてほしい。
認めてほしい。
そうした感情は決して悪いものではありません。
人間らしい自然な感情です。
しかし人生経験を重ねると、
少しずつ変化が起きます。
生活能力が身につく。
経済的にも自立する。
一人でも生きていけるようになる。
すると、
相手がいなければ生きられないという状態ではなくなります。
それでも一緒にいたいと思う。
ここに別の種類の愛情がある気がします。
愛と依存の最大の違い
私は最近、
愛と依存の違いを一言で表すなら、
自由だと思っています。
依存は、
相手がいなくなると自分が崩れてしまう。
愛は、
相手が自由であっても大切に思える。
もちろん理想論です。
誰だって寂しい。
誰だって不安になります。
私もそうです。
しかし愛情が成熟してくると、
相手を縛ることより、
相手が幸せでいてくれることを願う気持ちが強くなります。
一人の時間が好きな人
世の中には、
一人の時間が必要な人がいます。
私もその一人です。
人と会うことが嫌いなわけではありません。
むしろ人に気を使う方です。
だからこそ疲れることがあります。
誰にも気を使わない時間。
何も考えない時間。
そういう時間が必要になります。
若い頃は、
そんな自分を少し冷たい人間ではないかと思ったこともありました。
しかし今は違います。
一人の時間を好むことと、
人を愛することは別問題なのだと思っています。
愛情は距離があっても存在する
昔は、
愛情とは近くにいることだと思っていました。
しかし年齢を重ねると、
必ずしもそうではないことに気付きます。
離れて暮らしていても心配する家族がいます。
何年も会っていなくても大切な友人がいます。
毎日連絡しなくても信頼している人がいます。
愛情とは、
距離では測れないものなのかもしれません。
近くにいることより、
心の中でどんな存在になっているか。
そちらの方が大切なのではないでしょうか。
愛犬が教えてくれたこと
私は犬を飼っています。
犬と暮らしていると不思議なことがあります。
常に一緒にいたいわけではありません。
それぞれ好きな場所で過ごしています。
昼寝をしていることもあります。
お互いに干渉しない時間もあります。
それでも、
そこにいるだけで安心します。
何か特別なことをしているわけではありません。
ただ存在している。
それだけです。
私は時々、
人間関係も本来はこういうものなのかもしれないと思います。
一緒にいなくても大切
愛情を考える時、
私たちはつい
「どれだけ一緒にいたいか」
で測ろうとします。
しかし本当に大切なのは、
「一緒にいなくても大切に思えるか」
なのかもしれません。
その人が元気でいてほしい。
幸せでいてほしい。
困っていたら助けたい。
そんな気持ちがあるなら、
それは十分に愛情ではないでしょうか。
成熟した愛とは何だろう
成熟した愛という言葉があります。
私は専門家ではありません。
だから正解は分かりません。
ただ一つ思うことがあります。
成熟した愛とは、
必要だから一緒にいることではなく、
一人でも生きていけるのに一緒にいたいと思うことではないか。
そんな気がするのです。
依存ではない。
所有でもない。
支配でもない。
ただ大切だから。
それだけです。
愛情の器シリーズの中で
このシリーズを書きながら、
私は何度も自分自身に問いかけてきました。
愛とは何なのだろう。
答えは今も分かりません。
ただ、
愛情の器が大きいかどうかより、
相手の存在をどれだけ尊重できるか。
その方が大切な気がしています。
まとめ
愛することと必要とすることは違います。
そして、
必要としていないから愛していないわけでもありません。
むしろ人生の後半になるほど、
依存しない愛が増えていくのかもしれません。
一人でも生きていける。
それでも一緒にいてほしい。
一緒にいなくても大切だと思える。
私は最近、
そんな愛情の形があってもいいのではないかと思っています。
愛とは何か。
その答えはまだ分かりません。
けれど少なくとも、
愛とは相手を所有することではなく、
相手の存在を喜ぶことなのかもしれません。
