これまで二回にわたり、
愛情の器について考えてきました。
人によって愛情の感じ方は違うかもしれない。
愛と独占欲は必ずしも同じではないかもしれない。
そんな話を書いてきました。
そして今回は最終回です。
ここまで読んでくださった方の中には、
少しモヤモヤしている人もいるかもしれません。
「理屈は分かるけど、やっぱり複数を愛するなんて無理」
そう感じる人もいるでしょう。
その感覚はとても自然だと思います。
なぜなら人間は理屈だけで生きていないからです。
愛情があっても人は傷つく
私は若い頃、
愛情さえあれば何とかなると思っていました。
好きなら伝わる。
愛しているなら分かってもらえる。
そんなふうに考えていた時期があります。
でも60年以上、生きてきて思うのです。
人間関係はそんなに単純ではありません。
愛情があっても傷つくことがあります。
むしろ愛情があるからこそ傷つくこともあります。
例えば、
あなたが心から大切に思っている人がいたとします。
そしてその人も、
あなたを大切に思っています。
ところがその人は別の誰かも大切に思っていました。
さて、どう感じるでしょうか。
頭では理解できても、
心は追いつかないかもしれません。
それが人間です。
正しさより感情が勝つ
恋愛相談を受けていると、
正論では解決できない問題ばかりです。
浮気をされた。
裏切られた。
他の異性と親しくしていた。
こういう話になると、
第三者は簡単に言います。
「悪気はなかったんじゃない?」
「ただの友達でしょ」
「そんなに気にしなくても」
しかし当事者はそう思えません。
胸が苦しい。
眠れない。
不安になる。
人間は理論ではなく感情で生きている部分が大きいからです。
だから愛情の器が大きい人がいたとしても、
そのことが周囲を幸せにするとは限りません。
愛情と誠実さは別の能力
ここで私は大事なことがあると思っています。
それは、
愛情と誠実さは別の能力だということです。
愛情深い人はいます。
誰にでも優しい人もいます。
人を好きになる才能を持った人もいます。
ですが、
それと誠実であることは別です。
例えば、
三人の人を本気で愛している人がいたとします。
感情だけを見れば嘘ではありません。
本当に愛しているのでしょう。
しかし相手がそれを知らなかったらどうでしょう。
あるいは、
相手が一対一の関係を望んでいたらどうでしょう。
その場合、
問題になるのは愛情の量ではありません。
誠実さです。
隠していたのか。
伝えていたのか。
相手が選べる状態だったのか。
そこが重要になります。
誠実さとは何だろう
誠実という言葉は便利です。
しかし実際にはとても難しい。
一人だけを愛することが誠実なのでしょうか。
私は必ずしもそうではないと思います。
本音を隠して一人だけを愛しているふりをする人もいます。
一方で、
自分の気持ちを正直に伝える人もいます。
どちらが誠実でしょうか。
答えは簡単ではありません。
ただ一つ言えるのは、
誠実さとは行動の問題だということです。
感情ではありません。
どれだけ愛しているか。
それよりも、
相手をどう扱ったか。
そこに誠実さは現れる気がします。
愛情の器が大きい人ほど苦しむこともある
実はあまり語られませんが、
複数の人を愛せる人自身も苦しむことがあります。
なぜなら選ばなければならないからです。
誰かを傷つけるからです。
自分の感情に従えば誰かが悲しむ。
誰かを選べば別の誰かを失う。
愛情が多いことは、
必ずしも楽な人生ではありません。
むしろ複雑になります。
だから私は、
愛情の器が大きいことを羨ましいとは思いません。
それはそれで重たい荷物なのかもしれません。
現実社会は理想だけでは動かない
社会にはルールがあります。
結婚制度があります。
家族があります。
子供もいます。
責任もあります。
だから現実の人生では、
感情だけで判断できない場面がたくさんあります。
たとえ複数を愛せる人がいたとしても、
全員と関係を持てば良いという話ではありません。
愛情は自由です。
しかし行動には責任が伴います。
そこを忘れてしまうと、
愛は簡単に自己中心的なものへ変わってしまいます。
私が思う本当の愛
ここまで書いてきて、
私自身はどう考えているのか。
最後に少しだけ書いてみたいと思います。
私は今でも、
人は複数の人を愛せると思っています。
それは家族への愛かもしれません。
友人への愛かもしれません。
恋愛感情かもしれません。
人間の心は思っている以上に広い。
そう感じています。
しかし同時に、
本当の愛とは相手を傷つけない努力をすることだとも思っています。
絶対に傷つけないこという約束はできません。
人生ですから。
けれど、
自分の欲望を優先するのではなく、
相手の気持ちを想像する。
その姿勢こそが愛ではないでしょうか。
愛情の器の話を終える前に
この三回の記事を通して、
私は答えを出したかったわけではありません。
むしろ逆です。
人間の心はそんなに単純ではない。
そのことを考えてみたかったのです。
一人しか愛せない人もいるでしょう。
複数を愛せる人もいるでしょう。
どちらが正しいという話ではありません。
大切なのは、
自分がどんな人間なのかを知ること。
そして相手がどんな人間なのかを理解しようとすること。
その先にしか、
本当の信頼関係は生まれない気がします。
愛情の器は人によって違います。
けれど誠実であろうとする努力は、
誰にでもできるのかもしれません。
あなたはどう思いますか。
人は本当に一人しか愛せないのでしょうか。
それとも愛情の器は、私たちが思っているよりずっと大きいのでしょうか。
