セックスが好きな人はおかしいのか|性欲を異常と決めつける前に
「セックスが好きです。」
こう言うと、人によって反応が分かれます。
当たり前だと思う人もいれば、少し驚く人もいるでしょう。
中には、性欲が強いことをどこか恥ずかしいものとして考える人もいます。
では、セックスが好きな人は本当におかしいのでしょうか。
今回はそんなテーマについて考えてみたいと思います。
性欲があることは自然なこと
まず最初に書いておきたいことがあります。
私は61歳を過ぎた今でも性欲があります。
若い頃ほどではないかもしれません。
けれど、なくなったわけではありません。
そして私は、それを悪いことだと思っていません。
食欲がある。
睡眠欲がある。
知的好奇心がある。
それと同じように、性欲も人間に備わった自然な欲求の一つだと思うからです。
もちろん程度には個人差があります。
しかし、欲求そのものを否定する必要はないのではないでしょうか。
なぜ性欲だけが隠されるのか
少し不思議に思うことがあります。
「旅行が好きです。」
「お寿司が好きです。」
「車が好きです。」
こうした話は普通にできます。
ところが、
「セックスが好きです。」
となると急に空気が変わることがあります。
もちろん人前で何でも話せば良いという話ではありません。
節度は必要です。
ただ、好きという感情そのものが悪いわけではないはずです。
それなのに性欲だけが特別扱いされる。
私はそこに少し興味があります。
性欲が強い人もいれば弱い人もいる
人それぞれ個性があります。
食べることが大好きな人もいます。
少食の人もいます。
スポーツが好きな人もいます。
家で本を読む方が好きな人もいます。
性欲も同じではないでしょうか。
強い人もいる。
弱い人もいる。
ほとんどない人もいる。
どれが正しいという話ではありません。
問題なのは、自分の基準を他人に押し付けてしまうことかもしれません。
私はセックスが好きです
少し個人的な話になります。
私はセックスが好きです。
だからといって誰かを傷つけたいわけではありません。
誰かを利用したいわけでもありません。
単純に人間が持つ快楽の一つとして興味があります。
そして、この気持ちは若い頃から大きく変わっていません。
世の中には同じように感じる人もいるでしょう。
逆に全く共感できない人もいると思います。
それで良いのではないでしょうか。
人間は皆同じではありません。
性欲が強いことと人格は別問題
時々、
「性欲が強い人はだらしない」
「性的なことに興味がある人は軽い」
そんな見方をされることがあります。
しかし私は少し違うように思います。
性欲の強さと人格は必ずしも一致しません。
責任感のある人にも性欲はあります。
誠実な人にも性欲はあります。
優しい人にも性欲はあります。
逆に性欲が弱くても人格者とは限りません。
当たり前の話ですが、人間はもっと複雑です。
性欲だけで人を判断することはできないと思います。
大切なのは欲求との付き合い方
私は性欲を否定しません。
ただし、欲求に振り回されないことは大切だと思います。
これは性欲に限りません。
食欲もそうです。
お金もそうです。
趣味もそうです。
欲求は人生を豊かにします。
しかし欲求だけが人生になると苦しくなることがあります。
だから大切なのは、
性欲があるかないかではなく、
どう向き合うか。
そこなのではないでしょうか。
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年齢を重ねて思うこと
60年以上、生きてきて感じるのは、人は思っている以上に多様だということです。
恋愛を重視する人。
結婚を重視する人。
性的なつながりを重視する人。
一人の時間を重視する人。
価値観は本当に様々です。
だから私は、自分と違う価値観を否定するよりも、
「そういう考え方もあるのか」
と思える方が楽に生きられる気がしています。
まとめ
セックスが好きな人はおかしいのでしょうか。
私はそうは思いません。
性欲は人間に備わった自然な欲求です。
強い人もいれば弱い人もいる。
それだけの話なのかもしれません。
大切なのは欲求を持つことではなく、その欲求とどう向き合うか。
そこに人それぞれの生き方が現れるのだと思います。
次回は、
「不特定多数との関係を求める心理|それは異常なのか」
という少し踏み込んだテーマについて考えてみたいと思います。
一人だけを愛すること。
複数の人に魅力を感じること。
その違いはどこから生まれるのでしょうか。
皆さんはどう思いますか。
