人はなぜ運命の相手を求めるのか|ソウルメイト幻想と現実【愛情の器シリーズ⑧】

愛情の器シリーズではこれまで、

愛とは何か。

独占欲とは何か。

誠実さとは何か。

依存しない愛は存在するのか。

そんなテーマについて考えてきました。

そして前回の記事では、

人生の後半になるほど、愛情は恋愛という形を超えて広がっていくのではないか、というところで一区切りを迎えました。

ところがシリーズを書き終えたあとも、一つだけ心に残っていた疑問があります。

それは、

「人はなぜ運命の相手を探そうとするのだろう」

ということです。

私自身も若い頃は、「この人が運命の人かもしれない」と思った経験があります。

振り返れば、それは恋愛をしていた人なら一度は感じる感覚ではないでしょうか。

しかし61歳になった今、その「運命」という言葉を少し違う角度から見られるようになりました。

今日はそんな話を書いてみたいと思います。

人は本当に一人しか愛せないのか|愛情の器シリーズ①


目次

運命という言葉は魅力的だ

「運命の人」

とても素敵な言葉です。

偶然出会った二人。

初めて会ったのに懐かしい感覚。

価値観が驚くほど似ている。

話が尽きない。

そんな経験をすると、

「この人とは何か特別な縁がある」

と思いたくなります。

実際、恋愛中の脳は相手を特別な存在として認識しやすいことが知られています。

相手の長所が強調され、小さな偶然にも意味を見いだします。

だから「運命だ」と感じること自体は、ごく自然なことなのです。

愛と独占欲は別物かもしれない|愛情の器シリーズ②


運命の人は最初から決まっているのか

ここで一つ考えてみたいことがあります。

もし本当に運命の人が最初から一人だけ決まっているのなら、

離婚した人はどう説明すればよいのでしょう。

再婚して幸せになった人は。

若い頃に別れた恋人を今でも大切な思い出としている人は。

人生を見ていると、

「運命の人は一人だけ」という考え方では説明できないことがたくさんあります。

私はむしろ、

人生には何人もの「大切な人」が現れるのではないかと思っています。

その人たちは、それぞれ違う役割を持って私たちの人生に現れるのかもしれません。

それでも人は傷つく|愛情の器シリーズ③


運命を感じる瞬間

不思議なことに、

運命を感じる瞬間には共通点があります。

話していて安心する。

沈黙が苦にならない。

無理をしなくても自然体でいられる。

価値観が似ている。

笑うタイミングが同じ。

こうした積み重ねが、

「この人は特別だ」

という感覚を生み出します。

でも、それは本当に運命なのでしょうか。

あるいは、

心地よさを運命という言葉で表現しているだけなのかもしれません。

なぜ人は「特別」でありたがるのか|愛情の器シリーズ④


運命は「出会い」ではなく「積み重ね」

61歳になって思うことがあります。

若い頃は、

運命とは出会いの瞬間だと思っていました。

しかし今は違います。

運命とは、

長い時間を一緒に過ごした結果、生まれるものではないでしょうか。

嬉しかった日。

けんかした日。

笑った日。

泣いた日。

そうした何気ない毎日が積み重なって、

「この人は人生に必要な存在だ」

と思えるようになる。

それを私は運命と呼びたいのです。

愛することと必要とすることは違う 愛情の器シリーズ⑤


恋愛だけが運命ではない

運命という言葉を恋愛だけに使うのは、少しもったいない気がします。

親友との出会い。

人生を変えた恩師。

仕事で支えてくれた仲間。

そして、私にとっては愛犬との出会いもそうです。

犬を迎えた日から生活は変わりました。

毎日の散歩。

帰宅した時に迎えてくれる姿。

何気ない時間が人生を豊かにしてくれます。

もしあの日、その犬と出会っていなかったら。

そう考えると、

人生には恋愛以外にも運命と呼びたくなる出会いがあることに気付きます。

一人でも生きていけるのに愛する理由|愛情の器シリーズ⑥


運命を探すより、育てる

若い頃は、

運命の人を探していました。

でも今は、

運命は探すものではなく、

育てるものではないかと思っています。

相手を理解しようとする。

違いを受け入れる。

感謝を忘れない。

そうした日々の積み重ねが、

「この人と出会えて良かった」

という気持ちを育てていきます。

運命は最初から完成しているものではなく、

時間とともに形になっていくものなのかもしれません。

愛情の終着点は恋愛ではないのかもしれない|愛情の器シリーズ⑦


愛情の器シリーズを通して思うこと

このシリーズでは、

愛情についてさまざまな角度から考えてきました。

その中で私が感じたのは、

愛は偶然だけでは続かないということです。

どれだけ運命的な出会いでも、

思いやりがなければ壊れてしまいます。

逆に、

最初は運命だと思わなかった相手でも、

長い年月をかけてかけがえのない存在になることがあります。

結局のところ、

愛は出会いよりも、その後の時間の方が大切なのではないでしょうか。


まとめ

人はなぜ運命の相手を求めるのでしょう。

それは、

「この人と出会えたことには意味があった」

と思いたいからかもしれません。

私もその気持ちはよく分かります。

でも61歳になった今は、

運命とは偶然の出会いではなく、

一緒に歩んできた時間の中で少しずつ育っていくものだと思うようになりました。

運命の人を探すことも素敵です。

けれど、

目の前にいる大切な人との時間を育てることの方が、

もっと大切なのかもしれません。

そんなことを考えながら、今日はこの記事を書きました。

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