第9部|彼女を母親代わりにしてしまう男性|甘える恋愛と依存する恋愛の違い

「彼って、私のことを彼女だと思っているのかな」

そんな疑問を持つ瞬間があります。

朝、起こす。

忘れ物を確認する。

食事を心配する。

部屋を片づける。

仕事の愚痴を聞く。

機嫌が悪ければなだめる。

何か問題が起きれば一緒に解決する。

最初は、

「しょうがないなあ」

と思っていた。

好きな男性ですから、世話を焼くこと自体は嫌ではなかった。

むしろ、

「私には弱いところを見せてくれる」

ことが嬉しかったかもしれません。

ところが、ある日ふと思う。

「私、この人の彼女だよね?」

恋人に甘えることと、恋人を母親代わりにすること。

似ているようですが、私はかなり違うと思います。

最初に結論を言えば、

甘える人は相手を頼りますが、依存する人は相手に自分の責任まで持たせるようになります。

話を聞いてもらう。

弱音を吐く。

疲れた日に寄りかかる。

これは恋人同士なら普通にあることでしょう。

でも、

生活を整えてもらう。

感情を落ち着かせてもらう。

問題を解決してもらう。

自分の失敗の後始末までしてもらう。

それが当たり前になってくると、二人の関係は少しずつ変わっていきます。

彼女と彼氏ではなく、

「世話をする人」と「世話をされる人」

になってしまうのです。

※この記事は「母性本能シリーズ」全15部の第9部です。
**第1部「母性本能とは何なのか|女性には本当に生まれつき備わっているのか」**では、恋愛の中で私たちが「母性本能」と呼んでいる感情の正体から考えています。

第6部からは男性側へ視点を移し、「安心」「甘え」「癒やし」、そして今回の「依存」までを順番に見ています。


目次

最初から彼女を母親代わりにしようと思っているわけではない

男性が、

「よし、彼女ができたから今日から母親代わりにしよう」

なんて考えることは、まずないでしょう。

多くの場合、もっと自然に始まります。

彼が仕事で疲れている。

彼女が食事を作る。

「ありがとう」

と言われる。

彼の部屋が散らかっている。

つい片づける。

彼が寝坊する。

電話で起こしてあげる。

彼が落ち込んでいる。

話を聞く。

一つ一つを見れば、それほど不自然ではありません。

恋人同士なら、そのくらいすることもあります。

問題は、

それが少しずつ「彼女がやること」に変わっていくことです。

最初は感謝していた男性も、いつの間にか、

やってもらうのが普通になる。

彼女の側も、

「私がやったほうが早い」

となる。

こうして役割が固まっていきます。


「甘える」と「任せる」は違う

たとえば男性が、

「今日は仕事で嫌なことがあった。ちょっと聞いて」

と言う。

彼女が話を聞く。

男性は、

「聞いてくれてありがとう。少し楽になった」

と言う。

翌日はまた仕事へ行く。

これは甘えです。

では、

会社で嫌なことがあるたびに彼女へ電話する。

何時間も愚痴を聞かせる。

彼女が忙しくても構わない。

自分の機嫌が直るまで付き合わせる。

そして、

「どうすればいいと思う?」

と判断まで彼女に任せる。

さらに、彼女の助言どおりにならなければ、

「言われたとおりにしたのに」

となる。

ここまで来ると、

単に甘えているだけとは言いにくくなります。

自分の感情や判断の責任まで、相手に預け始めているからです。

好きな女性の前で男性が弱さを見せたり、自然に甘えたりする心理については、**第7部「男性は好きな女性に甘えたいのか|外では強い男が恋人の前で弱くなる理由」**で詳しく取り上げています。


母親代わりは「家事をしてくれる女性」だけではない

「彼女を母親代わりにする男性」

と聞くと、

料理。

洗濯。

掃除。

そんな生活面を想像するかもしれません。

もちろん、それもあります。

でも、もっと見えにくいものがあります。

それが、

感情の世話です。

男性が不機嫌になる。

女性が、

「どうしたの?」

と聞く。

「別に」

と言う。

でも明らかに不機嫌。

女性が何度も話しかける。

ようやく男性が話す。

女性が慰める。

男性の機嫌が直る。

これが毎回続く。

すると女性は、

彼の機嫌が悪くなるたびに、

「私が何とかしなきゃ」

と思うようになります。

これは家事より見えにくいのですが、かなり疲れます。


男性の機嫌まで彼女の仕事になっていないか

人間ですから、機嫌の悪い日はあります。

恋人の前で愚痴を言うこともあるでしょう。

問題は、

自分の感情をどう扱うかまで、恋人に任せてしまうことです。

イライラしている。

だから彼女が機嫌を取る。

寂しい。

だから彼女がすぐ連絡する。

不安。

だから彼女が安心させる。

自信がない。

だから彼女が褒める。

これが常態化すると、女性は常に男性の感情を観察するようになります。

「今日、機嫌悪いかな」

「何か言ったかな」

「怒ってる?」

恋人と一緒にいるのに、相手の顔色ばかり見る。

それでは安心できません。

第8部では「癒やされる関係」を扱いましたが、

片方だけが癒やされ、もう片方がずっと気を使っているなら、それは二人の癒やしではありません。


「彼女ならやってくれる」が増えていく

最初は小さなことです。

「これお願い」

「ちょっと調べておいて」

「明日起こして」

「予約しておいて」

それくらいなら普通でしょう。

でも、

病院の予約。

役所の手続き。

仕事に必要なものの準備。

お金の管理。

友人とのトラブル。

家族への連絡。

何でも彼女に任せるようになる。

男性自身ができないわけではありません。

やってくれる人がいるから、やらなくなる。

これは大きな違いです。

「できない」と「やらない」は同じではありません。

一方で、女性側が「私がいないとこの人はダメ」と感じて離れにくくなる心理については、**第4部「なぜダメな男性ほど放っておけないのか|母性本能と恋愛依存の境界線」**で詳しく取り上げています。


女性が先回りすると、男性も任せるようになることがある

ここは男性だけを責めても仕方がありません。

第5部でも扱いましたが、世話好きな女性は先回りすることがあります。

彼が困る前にやる。

忘れる前に言う。

失敗する前に止める。

すると男性は楽です。

最初は、

「ありがとう」

と思う。

そのうち、

「彼女が覚えているだろう」

となる。

さらに、

「なんで言ってくれなかったの?」

になる。

ここまで来ると、さすがに話が変わります。

でも、この関係は一日でできたわけではありません。

男性が任せる。

女性が引き受ける。

男性がさらに任せる。

女性がさらに先回りする。

二人で少しずつ役割を作ってしまうことがあります。


「頼られること」が嬉しい女性もいる

これも第4部とつながるところです。

彼が自分を頼ってくれる。

「君しかいない」

と言ってくれる。

それは嬉しい。

自分は特別な存在だと感じる。

だから、

多少大変でも助ける。

すると男性はさらに頼る。

女性も、

「この人には私が必要」

と思う。

こうなると、不思議なことが起きます。

女性は疲れている。

不満もある。

でも男性が自立しようとすると、

少し寂しくなる。

「必要とされる私」という役割まで失いそうだからです。

男性だけが女性に依存しているように見えて、実は二人の関係そのものが「頼る・世話をする」で固定されていることがあります。


「私がいないとダメ」は愛情なのか

彼は一人では何もできない。

私がいないと生活が回らない。

そう思うと、

「こんな人を置いていけない」

という気持ちになります。

別れようと思っても、

心配になる。

かわいそうになる。

罪悪感が出る。

第4部では女性側から、この「放っておけない」を考えました。

男性側から見ると、

彼女が何とかしてくれる。

困ったら助けてくれる。

失敗しても最後は受け止めてくれる。

その安心が強くなりすぎると、

「自分で何とかする」という力を使わなくなる

ことがあります。

恋人に支えられることと、

恋人がいなければ立てないことは違います。


母親にはできても、恋人には難しいことがある

親子と恋人には、大きな違いがあります。

子どもが小さければ、

親が食事を用意する。

生活を管理する。

危険から守る。

失敗を助ける。

成長を支える。

当然です。

でも恋人は、

すでに大人同士です。

彼女は彼を育てるために付き合っているわけではありません。

彼氏も彼女から教育されるために付き合っているわけではない。

それなのに、

「ちゃんと片づけて」

「明日の準備した?」

「また忘れたの?」

「何回言ったらわかるの?」

こんな会話ばかりになったら、二人の関係はかなり親子に近づいてしまいます。

そして、ここにはもう一つ問題があります。


母親役になると「男と女」の感覚が薄れることもある

毎朝起こす。

服を片づける。

予定を管理する。

忘れ物を注意する。

機嫌を取る。

何かあれば叱る。

そんなことを毎日している男性を、

夜になった瞬間、

「素敵な男性」

として見られるでしょうか。

もちろん個人差はあります。

でも、

世話をする役割が強くなりすぎると、恋愛的・性的な関係との切り替えが難しくなることがあります。

女性からすれば、

昼間は、

「ちゃんとしなさい」

と言っていた相手です。

夜だけ急に、

「男として見て」

と言われても、気持ちが切り替わらない。

男性側も、

彼女に注意され続ければ、

恋人というより「怒られる相手」のように感じるかもしれません。

これはSEXレスや身体的な距離にもつながる可能性があります。

後半の「母性本能とSEX」では、このあたりも別の角度から考えていきます。


大人の甘えには「ありがとう」がある

では、健康的な甘えと依存をどう見分ければいいのでしょう。

私は一つ、

「ありがとう」が残っているか

は大きいと思います。

「今日は話を聞いてくれてありがとう」

「助かった」

「今度は俺がやるよ」

そこには、

相手がしてくれたことを「当然ではない」と思う感覚があります。

一方で、

「彼女なんだから当然」

「いつもやってくれるじゃん」

「なんで今日はやってくれないの?」

になってくると、関係が変わっています。

感謝があるかどうかだけですべて判断できるわけではありません。

でも、

相手の好意を権利のように感じ始めていないか

を見るヒントにはなります。


「NO」を受け入れられるか

もう一つ大切なのは、

女性が断ったときの反応です。

「今日は話を聞く余裕がない」

「それは自分でやって」

「今日は一人で休みたい」

そう言ったとき、

男性が、

「わかった」

と言える。

少し残念でも、自分で何とかする。

これは甘えられる大人です。

ところが、

「冷たくない?」

「俺のこと好きじゃないの?」

「前はやってくれたのに」

と責める。

不機嫌になる。

無視する。

そうやって女性に罪悪感を持たせ、結局やらせる。

これは「甘え」という言葉でかわいく包まないほうがいいでしょう。

相手の意思より、

自分が世話をしてもらうことを優先しているからです。


自立している男性だって甘えていい

ここまで読むと、

「じゃあ男は女性に甘えないほうがいいのか」

と思うかもしれません。

そんなことはありません。

むしろ第7部で書いたように、

好きな女性に弱さを見せる。

頼る。

甘える。

それは親密さの一つです。

大切なのは、

甘えたあと、自分の足に戻れること。

疲れたから今日は甘える。

明日はまた自分で動く。

困ったとき相談する。

でも最後に決めるのは自分。

弱音を吐く。

でも相手が疲れていれば、

「今日は俺が聞くよ」

と言える。

この行き来ができれば、甘えは二人の距離を縮めます。


彼女が母親役になっているかを見る簡単な質問

少し想像してみてください。

彼女が一週間、

何もしなくなったらどうなるでしょう。

起こさない。

予定を確認しない。

料理をしない。

忘れ物を注意しない。

機嫌を取らない。

問題を解決しない。

男性は多少困りながらも、自分で生活できるでしょうか。

それとも、

何も回らなくなるでしょうか。

さらに大事なのは、

男性が、

「最近どうしたの?」

と彼女の状態を心配するのか。

それとも、

「なんでやってくれないの?」

と怒るのか。

ここには、二人の関係がかなり表れます。


恋人は「育てる相手」ではない

「男は女性が育てるもの」

そんな言い方をすることがあります。

冗談としてはわかります。

私も61歳になって、

まだ妻から言われて直すことはあります(笑)。

長く一緒にいれば、お互い影響し合います。

でも、

恋人を一人前にする責任まで女性が背負う必要はありません。

男性も、

「彼女が何とかしてくれる」

と思わないほうがいい。

恋愛は、

完成した人間同士が出会うものでもありませんが、

片方がもう片方を育て上げる関係でもない

と思います。

二人とも不完全。

それでも、それぞれ自分の足で立っている。

そして必要なときだけ手を貸す。

そのくらいがいいのではないでしょうか。


まとめ|甘える恋愛と依存する恋愛の境界線

彼女に甘える男性。

それ自体は問題ありません。

弱音を吐く。

話を聞いてもらう。

疲れた日は寄りかかる。

ときには世話を焼いてもらう。

好きな人だからこそ見せられる姿もあります。

でも、

自分の生活。

自分の感情。

自分の判断。

自分の失敗。

その責任まで彼女に持ってもらうようになれば、話は変わります。

甘える恋愛では、相手に寄りかかっても、また自分で立ちます。

依存する恋愛では、相手に立たせてもらうことが当たり前になっていきます。

そしてもう一つ。

男性が女性に甘えているだけでは、二人の関係はわかりません。

女性も男性に甘えられるか。

女性が弱ったとき、男性も支えられるか。

女性が「今日は無理」と言えるか。

そこまで見て初めて、二人の関係が見えてきます。

彼女は母親ではありません。

男性も子どもではありません。

それでも、

大人同士だからこそ、

「今日はちょっと頼っていい?」

と言える。

そして、

「いいよ。でも明日は私が頼るかも」

と言える。

私は、そのくらいの甘えが恋愛にはちょうどいいように思います。

次の第10部では、男性側から見た母性編の最後として、

第10部|男性は母性のある女性を本当に好きになるのか|「安心する女」と「恋する女」は違う?

を考えます。

ここまで、

安心する。

甘えられる。

癒やされる。

母親のように頼ってしまう。

と進んできました。

では男性は、安心できる女性を本当に「恋愛対象」として好きになるのでしょうか。

それとも、

「いい人だけどドキドキしない」

になってしまうのでしょうか。

男性編最後は、安心と恋愛感情、そして性的な魅力は共存できるのかまでつなげます。

運営者のメッセージ

男性にとって、何でもやってくれる女性は楽です。

これは否定できないと思います。

食事が出てくる。

部屋が片づく。

予定を覚えてくれる。

愚痴も聞いてくれる。

困ったら助けてくれる。

それは楽でしょう。

でも、

「楽な相手」と「大切な相手」は、同じではありません。

ここを間違えてはいけないと思います。

誰かが自分のために何かをしてくれる。

それに慣れると、人間はつい「普通」だと思ってしまいます。

でも普通ではありません。

相手が時間を使っている。

気を使っている。

自分のために動いてくれている。

だから、

「ありがとう」

は案外大事な言葉なのだと思います。

そして男性側も、ときどき考えたほうがいい。

「もし彼女が今日、何もしてくれなかったとしても、私はこの女性と一緒にいたいだろうか」

料理をしない。

世話を焼かない。

愚痴も聞いてくれない。

ただ隣にいる。

それでも一緒にいたい。

それなら好きなのは、

「自分を世話してくれる人」ではなく、

その女性自身なのでしょう。

逆に女性側から見れば、

「何もしない私でも、この人は私を好きでいてくれるだろうか」

という問いになります。

第5部で考えたことと、ここで男性側からつながります。

恋人は母親ではない。

恋人は父親でもない。

どちらか一人がもう一人を世話する関係ではなく、

二人とも自分で立ちながら、ときどき相手に寄りかかる。

私は、そのくらいの距離が一番長く続くように思います。

母性本能シリーズ

← 第8部|男性が女性に「癒やされたい」と思うのはなぜか|恋愛で求める安心と母性

シリーズを最初から読む|第1部「母性本能とは何なのか」

第10部では、男性は母性のある女性を本当に恋愛対象として好きになるのか。「安心する女性」と「恋する女性」は同じなのかを考えていきます。

※第10部は近日公開します。

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