四度目の約束|61歳、「恋人」と呼ぶには少し照れる

手をつないだ次の日。

私は、少し困っていた。

昨日までとは違う。

でも、何が違うのかと聞かれると説明できない。

彼女とは三度食事をした。

昨日、初めて手をつないだ。

帰ってからLINEも来た。

「手をつないだの、久しぶりでした」

私が、

「私も久しぶりでした。少し緊張しました」

と返すと、

「分かりました」

と返ってきた。

何が分かったのか。

昨日は、

たぶん全部だ、

などと格好よく考えていた。

一晩寝たら、

やっぱりよく分からなくなった。

私たちは、

いったい何なのだろう。

目次

付き合っているのか、いないのか

若い頃なら簡単だった。

「付き合ってください」

と言う。

「はい」

と言われる。

その日から恋人になる。

少なくとも、私はそういうものだと思っていた。

もちろん現実はそんなにきれいではなかったけれど、

境目のようなものはあった。

ところが61歳になると、

「付き合ってください」

という言葉そのものが、少し照れくさい。

付き合うって何だ。

毎週会うことか。

LINEをすることか。

手をつなぐことか。

キスをしたら恋人なのか。

SEXをしたらそうなのか。

では、SEXをしない二人は恋人ではないのか。

考え始めると分からない。

何十年も恋愛を見たり聞いたりしてきたのに、

結局こういうところは、ほとんど分からないままだ。

LINEが少し増えた

手をつないだ日から、

彼女とのLINEが少し変わった。

劇的に増えたわけではない。

朝から晩までやり取りするわけでもない。

「おはよう」

「おやすみ」

を毎日送るような関係でもない。

ただ、

以前なら用事があるときだけだったのが、

用事のないLINEが来るようになった。

「今日、すごく寒いですね」

とか。

「この前話していた店、テレビに出てました」

とか。

どうでもいいことだ。

でも恋愛というのは、

この「どうでもいいこと」が増えていくことなのかもしれない。

ある日の夕方、

スーパーで妙に大きな大根を見つけた。

私はなぜか写真を撮った。

そして彼女に送った。

「立派すぎませんか」

送ったあとで、

自分でも何をしているのだろうと思った。

61歳の男が、

好きな女性に大根の写真を送っている。

若い頃の私が見たら、

ずいぶんがっかりすると思う。

彼女から返信が来た。

「買ったんですか?」

「買ってません」

「なぜ送ったんですか(笑)」

返事に困った。

本当の答えは簡単だった。

あなたに何か送りたかったから。

でも、さすがに大根をきっかけにそんなことは言えない。

「大きかったので」

と返した。

何とも情けない。

それでも彼女から、

笑っている顔のスタンプが届いた。

私はそのスタンプを見ながら、

少し嬉しかった。

四度目は彼女から誘われた

数日後。

彼女からLINEが来た。

「今度の日曜日、空いていますか?」

文字を読んだ瞬間、

私は予定を思い出す前に、

空いていると思った。

実際には確認した。

予定表を開いた。

何もなかった。

「空いてます」

と返した。

すぐに彼女から、

「行ってみたいお店があるんです」

と来た。

私が誘われた。

たったそれだけのことなのだが、

少し嬉しかった。

これまで三回、

私から声をかけていたからだ。

恋愛は一人ではできない。

そんな当たり前のことを、

前の記事でも書いた。

こちらが会いたいと思っている。

でも相手も会いたいと思っている。

この二つは似ているようで、まったく違う。

彼女から誘われたことで、

ようやくその二つが少し重なった気がした。

今度は服を二回しか着替えなかった

日曜日。

私は服を二回着替えた。

進歩である。

三回から二回になった。

香水も一度で決めた。

人間はいくつになっても成長する。

方向はかなり小さいが。

待ち合わせ場所に着くと、

彼女はもういた。

「早いですね」

と言うと、

「今来たところです」

と言った。

私は笑った。

その言葉は、

前回私が使った。

「本当ですか?」

「十分くらい前です」

「今来たところじゃないですね」

「そちらも前回そうでしたよね」

ばれていた。

61歳の恋愛は、

格好をつけてもだいたい見抜かれる。

それも悪くない。

今度は自然に手をつないだ

店まで歩いた。

前回とは違った。

手をつなぐかどうかを、

二十センチの距離を見ながら考え続ける必要はなかった。

途中で彼女の手が私の手に触れた。

私は握った。

彼女も握り返した。

今回は、

「手をつないでもいいですか」

とは聞かなかった。

しばらく歩いてから、

彼女が言った。

「今日は聞かないんですね」

私は笑った。

「毎回聞くんですか?」

「それも面白いですけど」

「では次回から申請書を出します」

「審査します」

こういうくだらない会話が、

私は好きだった。

恋愛というと、

心が震えるような言葉ばかりが注目される。

でも実際に長く覚えているのは、

案外こういう意味のない会話なのかもしれない。

「友達に話したんです」

食事の途中だった。

彼女が言った。

「この前、友達にあなたの話をしたんです」

一瞬、箸が止まった。

「私の?」

「はい」

「何て?」

「最近、何度か食事に行っている人がいるって」

私は平静を装った。

「そうですか」

それ以上、どう返せばいいのか分からない。

彼女は続けた。

「そしたら聞かれました」

「何をですか」

少し間があった。

「彼氏なの?って」

危うく水を変なところに入れるところだった。

61歳になって、

「彼氏」

という言葉を自分に向けられるとは思っていなかった。

何となく、

高校生か大学生くらいまでの言葉のような気がしていた。

彼女は笑っていた。

たぶん私の反応を楽しんでいる。

「何て答えたんですか」

聞くしかない。

「分からないって答えました」

正しい。

私も分からない。

しばらく二人とも黙った。

こういう沈黙は、

以前なら苦手だった。

何か話さなければ。

空気を変えなければ。

そう思った。

でも今は、

沈黙にも意味があることを少し知っている。

「私たち、どうなんでしょうね」

彼女が言った。

「私たち、どうなんでしょうね」

難しい質問だった。

仕事なら、

定義を確認して、

条件を整理して、

答えを出す。

しかし恋愛には仕様書がない。

私は少し考えた。

「私は、あなたのことが好きですよ」

言ってから、

自分でも驚いた。

もっと格好いい言い方があったかもしれない。

もう少し雰囲気を作ることもできたかもしれない。

でも出てきたのは、

それだった。

彼女は何も言わなかった。

私は続けた。

「だから会っています」

これも当たり前のことだ。

でも、

この歳になると、

当たり前のことを当たり前に言うのが一番難しい。

彼女はしばらく私を見ていた。

それから、

「私も、会いたいと思っています」

と言った。

好きです、

とは言わなかった。

私も、

言わせようとは思わなかった。

その言葉で十分だった。

恋人という言葉は必要なのか

店を出てから、

また歩いた。

手は自然につないだ。

私はさっきの話を考えていた。

彼氏。

彼女。

恋人。

若い頃には、

関係に名前がつくことが嬉しかった。

この人は自分の恋人だ。

そう言えることに安心した。

61歳になった今も、

まったく必要ないとは思わない。

関係を曖昧にしたまま、

自分だけ都合よく振る舞うのは違う。

相手がどう考えているのか。

自分は何を望んでいるのか。

そこは確認したほうがいい。

でも、

名前をつけた瞬間に何かが完成するわけでもない。

恋人になった翌日から、

自動的に大切にできるようになるわけではない。

逆も同じだ。

まだ「恋人」と呼んでいなくても、

大切な人はいる。

結局、

名前よりも、

その人をどう扱っているかのほうがずっと大きいのかもしれない。

キスをする理由が見つからなかった

別れる時間になった。

前回は、

手をつなぐことで頭がいっぱいだった。

今回は、

もう一つ先のことを考えていた。

キスしたい。

そう思っていた。

正直に書けば、

食事をしている途中から何度か思った。

彼女が笑ったとき。

顔が少し近づいたとき。

歩きながらこちらを見たとき。

キスしたいと思った。

しかし、

いつするんだ。

信号待ちか。

店を出たところか。

別れる直前か。

61歳の男が、

頭の中でキスのタイミングを探している。

これもなかなか情けない。

若い頃はどうしていたのだろう。

もっと自然にできていた気がする。

いや。

昔もたぶん同じように迷っていた。

都合よく忘れているだけだ。

結局、

別れる場所まで来てしまった。

「今日は聞かないんですか」

彼女が言った。

「何をですか」

「申請書」

一瞬、意味が分からなかった。

それから分かった。

手をつないだときの話だ。

「今日はもう手をつないだので」

と言った。

彼女は、

「そうですね」

と笑った。

その顔を見て、

私は思った。

もしかして。

いや。

考えすぎかもしれない。

こういうときの男は、

相手の言葉を自分に都合よく解釈する能力だけは異常に高い。

私は少し迷った。

そして、

「もう一つ申請してもいいですか」

と言った。

言った瞬間、

自分でも何をやっているんだと思った。

彼女は私を見た。

笑わなかった。

「何ですか」

私は言った。

「キスしてもいいですか」

……また聞いてしまった。

どうやら私は、

この恋では何でも許可を取る男になるらしい。

彼女は少し笑った

彼女は、

ほんの少しだけ笑った。

「やっぱり聞くんですね」

「聞きます」

「嫌って言ったら?」

前回と同じ質問だった。

私は少し考えて、

「前回より、へこみます」

と言った。

彼女が笑った。

その笑い方を見た瞬間、

緊張が少しほどけた。

彼女は、

何も言わなかった。

ただ、

少しだけ私のほうへ近づいた。

それで十分だった。

私は彼女にキスをした。

ほんの短いキスだった。

映画のようなものではない。

音楽も流れない。

周りの人が消えるわけでもない。

何十年ぶりかのような、

大げさな感動もなかった。

ただ、

唇が離れたあと、

彼女の顔がすぐ近くにあった。

それが妙に嬉しかった。

「緊張しました?」

彼女が聞いた。

「しました」

「分かりました」

またそれだった。

私は笑った。

今度こそ、

何が分かったのか聞こうと思った。

でも、

やめた。

分からないままでいいこともある。

61歳のキスに、若さは必要なかった

帰る途中、

自分でも少し意外だった。

若い頃のように、

興奮していたわけではない。

もちろん嬉しかった。

もう一度したいとも思った。

もっと彼女に触れたい気持ちもあった。

でも、それだけではなかった。

安心していた。

彼女も、

少なくとも私が近づくことを嫌ではないと思っている。

それが分かったことが、

一番嬉しかったのかもしれない。

年齢を重ねた恋では、

相手の身体へ近づくということが、

若い頃より少し慎重になる。

身体そのものが変わったからだけではない。

人はそれまでに、

いろいろなことを経験している。

傷ついたこともある。

嫌だったこともある。

忘れたいこともあるかもしれない。

だから、

触れる前に少し立ち止まる。

私はそれを、

悪いことだとは思わなくなった。

「恋人」になったのだろうか

家に帰ってから、

また考えた。

今日、

私は彼女に好きだと言った。

彼女は、

「私も会いたいと思っています」

と言った。

手をつないだ。

キスもした。

では、

私たちは恋人なのだろうか。

たぶん、

そうなのだと思う。

でも不思議なことに、

昨日までと劇的に何かが変わった感じはしなかった。

明日も普通に朝が来る。

仕事もある。

洗濯もしなければならない。

ゴミも出す。

61歳の恋愛は、

恋をしたからといって生活全部が恋愛になるわけではない。

むしろ、

出来上がった生活の中に、

誰か一人の居場所が少しずつできていく。

それくらいがちょうどいい。

その夜、彼女から来たLINE

寝る少し前。

彼女からLINEが来た。

「今日はありがとうございました」

また同じ始まりだった。

私は笑った。

そして、その下に、

こう書いてあった。

「友達には、彼氏って言ってもいいですか?」

私はしばらく画面を見た。

61歳になって、

彼氏になる。

何とも不思議な言葉だった。

でも、

悪くなかった。

私は返した。

「できれば、そうしてください」

送信したあと、

少し考えた。

少し堅い。

もう一通送った。

「私も、彼女って言っていいですか?」

すぐに既読になった。

返信は、

「どうぞ(笑)」

だった。

私はスマートフォンを置いた。

そして少し笑った。

61歳。

恋人ができたらしい。

恋は、名前がついてから始まるわけではない

振り返れば、

恋はもっと前から始まっていたのだと思う。

彼女からのLINEを何度も確認していた夜。

次の食事に誘う文章を何度も書き直した夜。

三度目の食事の前に服を三回着替えた朝。

手と手の二十センチを、

海の向こう側のように感じた帰り道。

恋人という名前がつく前から、

私は十分に恋をしていた。

たぶん、

「付き合う」というのは、

恋が始まる瞬間ではない。

二人が、同じ方向へ進んでいることを確認する瞬間

なのかもしれない。

若い頃には、

恋人になることがゴールのように感じたこともあった。

61歳の今は、

むしろ逆だ。

名前がついて、

ようやく入口に立ったような気がする。

まだ彼女のことを知らない。

彼女も私を知らない。

これから嫌なところも見るだろう。

面倒なところも見せる。

意見が合わないこともある。

そしていつか、

もっと身体の距離が近くなることもあるかもしれない。

そのとき、

61歳の自分は何を思うのだろう。

まだ分からない。

ただ、

分からない未来があることを、

今は少し楽しみにしている。

運営者のメッセージ

前作では、

二人が初めて手をつなぐところまでを書きました。そこでは「触れたい」という気持ちと、「触れてもいいのだろうか」という慎重さを描きました。実際、公開済みの前作も「次に二人が会ったとき、どこまで近づくのか」はまだ決めないまま終わっています。三度目の食事|61歳、手をつなぐまでが遠い

今回は、その一歩先です。

恋人とは何なのか。

付き合うとは何なのか。

61歳になって、

まさかそんなことを改めて考えるとは思いませんでした。

若い頃なら、

告白して、

付き合って、

キスをして。

そんな順番をどこかで当然だと思っていた気がします。

でも大人になると、

人生はそんなに順番どおりではありません。

人それぞれに生活があります。

過去があります。

家族があります。

身体の変化もあります。

だから、

「好きだから全部一緒に」

ではなく、

少しずつ相手を自分の生活の中へ迎えていく恋もあるのでしょう。

今回、二人は恋人になりました。

でも私は、

ここから急に物語を甘くしたくはありません。

恋人になったからこそ出てくるものがあります。

会いたい頻度の違い。

LINEの距離。

一人の時間。

嫉妬。

過去の恋愛。

家族。

お金。

そして、

身体の関係。

若い頃より現実を知っている二人が、

それでも少しずつ近づいていく。

この物語で書きたいのは、

たぶんそこなのだと思います。

61歳になって恋人ができても、

人生が突然映画になるわけではない。

翌朝になれば、

普通にゴミを出す。

それでいい。

むしろ私は、

ゴミを出すような普通の生活の中に、会いたい人が一人増える。

それくらいの恋のほうが、

今は少し好きです。

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