サディストとマゾヒストの心理的特徴【第2部】

「自分はSなのか、それともMなのか」

そんなことを考えたことがある人もいるでしょう。

Sというと、強気で相手をリードする人。

Mというと、おとなしく相手に従う人。

そんなイメージを持たれがちです。

でも実際の人間を見ていると、そこまで単純ではありません。

仕事では周囲を引っ張っている人が、恋人の前では相手に任せることを心地よく感じることもあります。

普段はおとなしい人が、親密な関係になると意外に積極的になることもあります。

つまり、

S・Mの傾向と、普段の性格は必ずしも同じではありません。

さらに、相手との関係や信頼感、その日の気分によっても「主導したい」「委ねたい」という感覚は変わることがあります。

この記事では、

「Sの人はどんな心理なのか」

「Mの人はなぜ相手に委ねることを心地よく感じるのか」

「普段の性格と性的な好みには関係があるのか」

「恋愛ではどんなすれ違いが起こるのか」

といったところまで、少し掘り下げて考えてみます。

なお、サディスト・マゾヒストという言葉そのものの意味や、SとMの基本的な違いについては、こちらの記事で詳しく説明しています。

▶ サディストとマゾヒストとは?S・Mの心理と違いをわかりやすく解説

目次

S・Mの心理は普段の性格だけでは決まらない

まず最初に知っておきたいのは、

「Sだから強い性格」「Mだから弱い性格」とは限らない

ということです。

たとえば職場では、人に指示を出す立場にいる人がいます。

仕事の段取りを考える。

トラブルが起きれば判断する。

部下から相談されれば答える。

一日中、何かを決め続けています。

そんな人が恋人と二人になったとき、

「今日は全部そっちに任せたい」

と思っても不思議ではありません。

反対に、普段は周囲に合わせることが多い人が、親密な関係では自分から主導することで解放感を得ることもあるでしょう。

人間には一つの顔しかないわけではありません。

仕事の自分。

家族の前の自分。

友人といる自分。

恋人と二人きりになったときの自分。

少しずつ違います。

性的な好みも、その人が持っているいくつもの面の一つと考えたほうが自然なのだと思います。

S傾向の人はなぜ「主導したい」と感じるのか

S傾向というと、すぐに「支配欲」という言葉が出てきます。

確かに、主導権を持つことに心地よさを感じる人はいます。

ただ、

主導したい=相手を支配したい

とは限りません。

自分から誘いたい。

自分で流れを作りたい。

相手の反応を見るのが好き。

相手が喜んでいることを確認すると嬉しい。

こうした感覚も「主導する側」の楽しさに含まれます。

恋愛でも似ています。

デートするなら自分で店を決めたい。

旅行なら予定を組みたい。

「どこでもいいよ」と言われるより、

「じゃあ、ここへ行こう」

と決めるほうが楽な人もいます。

それは必ずしも「相手を思い通りにしたい」という意味ではありません。

むしろ、

自分が流れを作ることで安心できる人もいる

ということです。

性的な関係でも、似た感覚が表れることがあります。

ただし、ここには非常に大切な境界線があります。

相手もその関係を楽しんでいること。

嫌だと言えば止められること。

相手の意思が尊重されていること。

これがなくなれば、「Sだから」という説明では済みません。

S傾向の人ほど相手の反応を見ることもある

Sという言葉から、

「自分のことしか考えない人」

という印象を持つ人もいるかもしれません。

しかし、親密な関係の中で主導することを楽しむ人にとって、相手の反応そのものが重要な場合があります。

楽しんでいるのか。

緊張しているのか。

嫌がっていないか。

もっと近づいても大丈夫なのか。

相手の表情や言葉を見ながら距離を調整する。

そう考えると、主導する側にも相手を見る力が必要になります。

反対に、

「自分はSだから」

と言って相手の反応を無視するなら、それは別の問題です。

以前の記事でも書きましたが、

Sという言葉は、相手をコントロールしてよい免許証ではありません。

この部分は、S・Mについて考えるときに外せないところだと思います。

M傾向の人はなぜ「委ねたい」と感じるのか

では、M傾向の人はどうでしょう。

Mというと、

我慢する人。

言われたことに従う人。

気が弱い人。

そんなイメージを持たれることがあります。

でも、

自分から「相手に任せたい」と思うことと、嫌なのに断れないことはまったく違います。

ここは分けて考えたほうがいいでしょう。

たとえば、信頼している恋人と一緒にいるとき、

「今日は何も考えたくない」

「あなたに任せたい」

と思うことがあります。

自分で判断し続けなくてもいい。

相手に流れを預けても大丈夫だと思える。

そのことに安心や心地よさを感じる人もいます。

これは「弱いから従っている」という話とは少し違います。

自分で委ねることを選んでいる。

ここが大切です。

「委ねること」と「我慢すること」は似ているようで違う

外から見ると、どちらも「相手に従っている」ように見えるかもしれません。

でも本人の中では大きく違います。

「この人になら任せても大丈夫」

と思って委ねる。

これは本人の選択です。

一方、

嫌われるのが怖い。

断ったら怒られそう。

関係が終わりそうだから我慢する。

こちらは、本人が自由に選べていない可能性があります。

この二つを、

「Mだから」

という一言でまとめてしまうのは危険です。

恋愛では、相手に合わせること自体が悪いわけではありません。

むしろ、お互いに譲ったり任せたりしながら関係を作っています。

問題なのは、

「嫌だ」と言える余地があるかどうか。

ここだと思います。

普段はSなのに恋愛ではM、ということもある

人間がおもしろいのは、相手によって自分の出方が変わるところです。

ある恋人とは自分がリードしていた。

でも別の恋人とは、なぜか相手に任せたくなる。

そんなこともあります。

「自分は絶対S」

「私は完全にM」

と思っていたのに、相手が変わったら逆の面が出てきた。

それほど不思議なことではありません。

相手を信頼できるか。

相手がどんな性格なのか。

二人の年齢や経験。

関係の深さ。

そのときの生活状況。

さまざまなものが二人の関係に影響します。

少し話はそれますが、人間関係では「自分の性格」だけを考えていても説明できないことが結構あります。

一人でいるときには存在しない自分が、誰かと一緒になることで出てくる。

恋愛には、そういう面があります。

だからS・Mについても、

「私はどっち?」

だけではなく、

「この人といるときの自分はどうなる?」

と考えてみると、少し違ったものが見えるかもしれません。

SとMは恋愛感情や性欲と同じではない

ここも混同しやすいところです。

S・Mは、相手との関わり方や性的な好みを考えるときに使われる言葉です。

一方で、

「その人を好きなのか」

「その人に性的な魅力を感じるのか」

「どんな関係を心地よく感じるのか」

は、それぞれ完全に同じものではありません。

好きな相手だから性的に求めるとは限らない。

性的に惹かれたからといって恋愛感情があるとも限らない。

そして恋愛感情があっても、S・Mの好みが一致するとは限りません。

人間の気持ちは、なかなか一枚ではできていないんですよね。

恋愛感情と性欲の違いについては、こちらの記事で詳しく考えています。

▶ 恋愛と性欲は別物なのか|「好き」と「求める」は同じではない理由

SとMなら相性がいい、とは限らない

SとMなら、

「ちょうどいい組み合わせじゃないか」

と思いますよね。

確かに、一方が主導することを好み、もう一方が委ねることを好むなら、うまく噛み合うことはあります。

ただし、

SとMというラベルが一致しても、二人の好みまで一致するとは限りません。

どこまでなら心地いいのか。

何が嫌なのか。

どんな言葉なら大丈夫なのか。

どこから先は嫌なのか。

人によって違います。

SとMが噛み合っているように見えても、境界線が違えばすれ違います。

逆に、S同士やM同士でも、お互いの好みを話せる二人なら関係を作ることはできます。

結局のところ、

「何タイプと何タイプなら相性がいいか」より、二人が話し合えるかどうか

のほうが大切なのでしょう。

問題になるのはS・Mそのものより「噛み合わなさ」

以前のこの記事では、「問題になるのは噛み合わなさ」と書きました。

ここは今でも大事だと思っています。

Sであること。

Mであること。

どちらでもないこと。

それ自体が問題なのではありません。

問題になりやすいのは、

相手も同じことを望んでいると思い込む。

言わなくてもわかると思う。

嫌だと言いにくい。

途中で気持ちが変わっても言えない。

「Sなんだからこうするもの」

「Mなんだからこれくらい平気」

と決めつける。

こうした話し合われていない期待です。

性の話は、普通の恋愛の話より言葉にしにくいところがあります。

「こんなことを言ったら変だと思われるかな」

「引かれたらどうしよう」

そう考えて黙ってしまう。

でも黙っていれば、相手はわかりません。

二人の好みが完全に一致することより、

違いがあったときに、

「自分はこう感じる」

と話せること。

そちらのほうが長い関係では大切なのだと思います。

性癖は「その人の人格」ではない

S・Mという言葉は便利です。

短い言葉で、自分の好みの一部を説明できます。

ただ、便利な言葉ほど、その人全部を説明したような気になりやすい。

Sだから強い。

Mだから弱い。

Sだから攻撃的。

Mだから依存的。

そんなふうに決めてしまうと、その人の本当の姿が見えにくくなります。

人にはいろいろな面があります。

性の好みもその一つ。

SやMは、その人を構成する一部分であって、その人そのものではありません。

これは自分自身について考えるときも同じです。

「自分はMだから仕方ない」

「自分はSだからこういう性格なんだ」

と決めなくてもいい。

自分が何を心地よく感じるのかを知るための、一つの言葉として使えばいいのではないでしょうか。

大人の関係ではS・Mとどう付き合えばいいのか

年齢を重ねれば、恋愛や性の形も少しずつ変わります。

若い頃には刺激を求めていた人が、安心感を大切にするようになることもあります。

反対に、長い関係の中で、

「もう少し違った自分を出してみたい」

と思うこともあるでしょう。

好みは変わってもいい。

途中で、

「これは違うな」

と思ってもいい。

以前は好きだったことが、今はそれほどでもない。

それも自然なことです。

大切なのは、自分にも相手にも、

変わる余地を残しておくこと。

では、実際のパートナー関係の中でS・Mの傾向とどう付き合っていけばいいのでしょうか。

安心できる関係の作り方や、好みが違う場合の考え方については、こちらの記事で続けています。

▶ 大人の関係性の中でS・Mの性癖とどう付き合うか

まとめ|S・Mの心理は「強い・弱い」だけでは説明できない

S傾向の人は、主導することや相手の反応を見ることに心地よさを感じる場合があります。

M傾向の人は、信頼できる相手に主導権を委ねることに安心や心地よさを感じる場合があります。

ただし、

Sだから支配的。

Mだから弱い。

と単純に決めることはできません。

普段の性格と性的な好みが違うこともあります。

相手によって変わることもあります。

そして、同じ人でも年齢や経験によって変わっていくことがあります。

結局、SなのかMなのかという分類以上に大切なのは、

自分は何を心地よいと感じるのか。

相手は何を心地よいと感じるのか。

そして、その違いについて話せるかどうか。

そこなのではないでしょうか。

運営者のメッセージ

若い頃は、人の性格というものはもっと固定されていると思っていました。

強い人はずっと強い。

おとなしい人はずっとおとなしい。

SならS。

MならM。

でも61歳になって振り返ると、自分自身ですらそんなに単純ではありません。

相手によって変わる。

年齢によって変わる。

仕事では平気なことが、恋愛では不安になったりする。

反対に、普段なら遠慮するのに、大切な人の前では意外とはっきり言えたりする。

人間には、いろいろな自分がいるんですよね。

だから、

「自分はSだから」

「自分はMだから」

と答えを決めてしまうより、

「自分には、こういうところもあるんだな」

くらいでいいのではないでしょうか。

性の好みを知ることは、自分を箱に入れるためではありません。

自分でも知らなかった自分を、少し知ること。

自分はそのくらいの距離感で考えています。

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