サディストとマゾヒストとは?性癖ではなく「安心の形」を心理学から考える

目次

「Sだから怖い人」「Mだから弱い人」は本当なのか

「あなたってSだよね。」

「私はMかもしれない。」

こんな会話を、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

サディスト(S)やマゾヒスト(M)という言葉は、今では恋愛や性格診断のような感覚でも使われています。しかし、その一方で、

  • 暴力的な人
  • 痛みを好む人
  • 少し危ない性癖

そんなイメージだけが一人歩きしているようにも感じます。

61歳になった今、私は人間関係を見ていて思うことがあります。

人は、自分でも気づかないうちに「安心できる関係の形」を探しているのではないでしょうか。

それがたまたま、主導権を握ることだったり、誰かに委ねることだったりするだけなのかもしれません。

今回は、サディストとマゾヒストという少し誤解されやすいテーマを、心理学や人間関係の視点から考えてみたいと思います。


サディストとマゾヒストは「異常な性癖」ではない

まず最初にお伝えしたいことがあります。

サディストやマゾヒストという言葉を聞くと、「普通ではない」という印象を持つ人が少なくありません。

しかし心理学では、必ずしもそのようには考えません。

もちろん、相手の同意がなく人を傷つける行為や、暴力によって快感を得る行為は別の問題です。

今回お話しするのは、そのような犯罪や加害行為ではありません。

ここでいうSとMとは、

「どのような関係性に安心を感じやすいか」という心理的な傾向です。

つまり、

  • 主導することで安心する人
  • 相手に委ねることで安心する人

その違いについて考えていきます。

実際には、多くの人がどちらか一方ではなく、その中間にいます。

白か黒かではなく、グラデーションなのです。


なぜ人は「役割」を求めるのか

人間関係は不思議です。

恋人同士でも、夫婦でも、友人でも、自然と役割ができあがっていきます。

例えば、

「今日はどこへ行こうか。」

そう聞かれたとき、

「あなたが決めて。」

と言う人もいれば、

「じゃあ、今日はここへ行こう。」

と自然に決める人もいます。

これは単なる性格の違いではありません。

人は、自分が落ち着ける役割を無意識に選んでいることがあります。

仕事ではリーダーとして何十人もの部下をまとめている人が、家庭では奥さんにすべて任せている。

逆に、普段は控えめな人が恋愛では積極的になる。

こうしたことは決して珍しくありません。

つまり、人には「安心できる役割」があるのです。

その役割が、性的な場面ではより強く表れることがあります。


支配したいのではなく「安心したい」

「Sは支配欲が強い。」

よく言われます。

しかし、本当にそうでしょうか。

私自身、このテーマについて調べたり、人の話を聞いたりしていて思うのは、多くの場合、本質は少し違うということです。

S傾向の人は、

相手を思い通りに動かしたいというより、

「状況を把握していたい」

という気持ちが強いことがあります。

流れを作る。

相手を導く。

責任を持つ。

そうすることで、自分自身が安心できるのです。

これは家庭でも同じです。

いつも旅行の計画を立てる人。

レストランを予約する人。

車を運転する人。

一見すると「仕切り屋」に見えるかもしれません。

でも、その人に話を聞くと、

「任せてもらった方が楽なんだよ。」

と言うことがあります。

支配ではなく、安心。

この違いはとても大きいと思います。


Mは「弱い人」なのか

反対に、Mという言葉にも誤解があります。

「言いなりになる人」

「自己主張ができない人」

そんなイメージを持たれがちです。

しかし、実際にはそう単純ではありません。

人に任せるということは、

相手を信頼することでもあります。

信頼できなければ、主導権を預けることはできません。

私たちは普段の生活でもそうです。

病院で医師に診てもらう。

美容院で髪を切ってもらう。

飛行機でパイロットに命を預ける。

すべて、自分でコントロールすることを一度手放しています。

つまり、「委ねる」という行為には勇気が必要なのです。

恋愛や夫婦関係でも同じです。

相手を信じられるからこそ、自分を預けることができる。

そう考えると、Mは決して「弱さ」だけでは説明できないのではないでしょうか。


SとMは「人格」ではなく「関係性」の話

私が一番伝えたいのはここです。

Sだから冷たい人。

Mだから気が弱い人。

そんなふうに決めつけることはできません。

実際には、

仕事ではリーダータイプでも、恋愛では甘えたい人。

家庭では控えめでも、職場では誰よりも指示を出す人。

そんな人はいくらでもいます。

人は一つの顔だけで生きているわけではありません。

相手によって、自分の役割は変わります。

場所によって、自分の安心の形も変わります。

だからこそ、

**SとMは「その人そのもの」ではなく、「その人が安心を感じる関係性の一つ」**として考える方が、ずっと自然なのではないかと私は思います。

SとMはどのように生まれるのか

ここまで読んで、

「では、人は生まれつきSやMなのでしょうか。」

そんな疑問を持った方もいるかもしれません。

結論から言えば、心理学では「これが原因」と一つに決めることはできません。

遺伝的な気質もあれば、育った環境や人生経験、人との関わり方も影響すると考えられています。

つまり、SやMは「生まれつきだから変わらない」というものでも、「育て方が悪かったからそうなった」という単純なものでもありません。

私は61歳になって、多くの人を見てきました。

その中で感じるのは、人はそれぞれ、自分なりの「安心できる関係」を探し続けているということです。

その安心の形が、たまたま主導権を握ることだったり、相手に委ねることだったりするのではないでしょうか。


愛着スタイルとの関係

心理学には「愛着理論(アタッチメント理論)」という考え方があります。

これは幼い頃に親や養育者との関係の中で、「人は信頼できる存在なのか」「自分は愛される存在なのか」という基本的な感覚が育つという理論です。

もちろん、大人になってからの経験によって変化することもありますが、この土台は恋愛にも大きな影響を与えます。

例えば、

常に相手をリードしていたい人。

反対に、信頼できる相手には自然と身を委ねられる人。

こうした違いは、単なる性格だけでは説明できない部分があります。

だからこそ、SやMという傾向も、「性癖」という狭い枠ではなく、人とのつながり方の一つとして考える方が自然なのです。


支配欲の正体は「不安」のこともある

「支配欲が強い人」という言葉には、少し怖い響きがあります。

しかし実際には、支配したいから主導権を握る人ばかりではありません。

むしろ、

先が見えないことへの不安

を減らしたいから、主導する人もいます。

旅行の予定を全部決める人。

レストランを予約する人。

仕事の段取りを細かく決める人。

こういう人の中には、

「相手を思い通りにしたい」のではなく、

「自分が責任を持った方が安心する」

というタイプも少なくありません。

恋愛や夫婦関係でも同じです。

自分が流れを作ることで、お互いが安心できると思っている人もいるのです。

この違いは、とても大切だと思います。


委ねることは、決して受け身ではない

一方で、M傾向の人についても誤解があります。

「相手に従う人」

「自己主張できない人」

そんなイメージを持たれることがありますが、私は少し違う見方をしています。

相手を信頼できなければ、人は自分を預けることはできません。

つまり、

委ねるという行為は、

相手を信じるという行為でもあります。

これは簡単なことではありません。

傷ついた経験が多い人ほど、人を信じることは難しくなります。

だから私は、Mという傾向は「弱さ」ではなく、「信頼する力」と考えることもできるのではないかと思っています。


仕事ではS、恋愛ではMという人もいる

人は意外なほど場面によって変わります。

会社では部下を何十人もまとめる管理職。

誰から見てもリーダータイプです。

ところが家に帰ると、

「今日は何を食べる?」

「どこへ行く?」

全部、パートナーに任せる。

こんな人は珍しくありません。

逆に、職場では控えめな人が、恋愛になると積極的になることもあります。

つまり、

SかMかという分類は、その人の人格ではなく、その場の関係性によって変わることがあるのです。

だから、「私はSだから」「私はMだから」と決めつける必要はありません。


人には誰でもSとMの両方がある

私は、人間はもっと複雑な存在だと思っています。

誰かを守りたいと思う日もあれば、

誰かに甘えたい日もある。

疲れているときは、

「今日は全部任せたい」

と思うこともあるでしょう。

反対に、大切な人が落ち込んでいるときは、

「今日は自分が引っ張ろう」

と思うかもしれません。

このように、人は状況によって役割を自然に変えています。

だから本当は、

純粋なSだけの人も、純粋なMだけの人も少ないのです。

私たちは、その間を行き来しながら生きています。


性癖は「心の安心」を映す鏡なのかもしれない

性癖という言葉には、どこか特別な響きがあります。

しかし、私は61歳になって思うのです。

性癖とは、その人の人生や心の動きが映し出された一つの表現なのではないか、と。

もちろん、医学的に証明された話ではありません。

ですが、人が何に安心し、何を求め、どんな関係に心地よさを感じるのか。

それは恋愛だけではなく、その人の生き方そのものにもつながっているように感じます。

だからこそ、「普通」「異常」という二つの言葉だけで片づけるのではなく、

「この人は、どういう関係の中で安心できるのだろう」

そんな視点で見てみると、人間関係は少し違って見えてくるのではないでしょうか。

BDSMとサディスト・マゾヒストは同じではない

ここまで読んでくださった方の中には、

「SやMとBDSMは同じものではないの?」

と思われた方もいるかもしれません。

実際、この二つは混同されることが少なくありません。

しかし、厳密には少し意味が違います。

BDSMとは、拘束や主従関係、痛みを伴うプレイなど、特定の性的表現を含む文化や実践を指す言葉です。

一方で、サディストやマゾヒストという傾向は、もっと広い意味での**「関係性の好み」**として考えることができます。

つまり、

Sだから必ずBDSMを好むわけではありません。

Mだから特別なプレイを望むわけでもありません。

実際には、ごく普通の恋愛や夫婦生活の中で、

「今日はあなたに任せたい。」

「自分がリードしたい。」

そんな自然なやり取りの中にも、SやMの傾向は表れることがあります。

だからこそ、必要以上に特別視する必要はないのだと思います。


性癖と人格は分けて考える

私がこの記事を書こうと思った理由の一つが、ここにあります。

世の中には、

「Sだから冷たい人。」

「Mだから弱い人。」

そんな決めつけが、今でも少なくありません。

でも、本当にそうでしょうか。

私たちは一人の人間を、たった一つの特徴だけで説明することはできません。

仕事では厳しい上司でも、家では優しい父親かもしれません。

普段は物静かな人でも、大切な人の前では驚くほど積極的になることもあります。

人にはたくさんの顔があります。

その中の一つが、性癖というだけなのです。

性癖は、その人の人格そのものではありません。

むしろ、その人がどんな関係の中で安心し、信頼し、心を開けるのかを映し出す、一つの側面なのだと思います。


相性が悪いのではなく、「安心の形」が違うこともある

恋愛相談を受けていると、

「私たちは相性が悪いのでしょうか。」

という悩みをよく受けます。

もちろん、本当に価値観が合わないこともあります。

でも、実際には、

安心の感じ方が違うだけというケースも少なくありません。

一方は、

「もっとリードしてほしい。」

と思っている。

もう一方は、

「自由にしてあげることが優しさだ。」

と思っている。

お互いに相手を思っているのに、求めているものが少し違うだけで、すれ違いは生まれてしまいます。

だから私は、「相性が悪い」と結論を急ぐ前に、

「相手は、どんなときに安心する人なのだろう。」

という視点を持つことが、とても大切だと思っています。


性癖を隠し続けることが苦しさになることもある

もちろん、性癖はとても個人的なものです。

誰にでも話せる内容ではありません。

だからこそ、長い間、自分の中だけにしまい込んでしまう人もいます。

「こんなことを言ったら嫌われるかもしれない。」

「変だと思われたくない。」

そんな不安から、本当の気持ちを飲み込んできた人もいるでしょう。

でも、性癖そのものよりも苦しいのは、

理解されないことへの孤独なのかもしれません。

無理にすべてを話す必要はありません。

ただ、自分自身だけは、

「こんな自分ではダメだ。」

と思わないでほしいのです。


私が61歳になって思うこと

61歳になって、人との関わり方を見ていると、強く感じることがあります。

若い頃は、人を「正しい」「間違っている」で見ていたような気がします。

でも今は、それよりも、

「この人は、どうやって安心を得ようとしているのだろう。」

と考えるようになりました。

怒りっぽい人も。

甘え上手な人も。

何でも一人で抱え込む人も。

誰かに頼りたい人も。

みんな、それぞれ違う方法で心のバランスを取ろうとしているのではないでしょうか。

SやMという傾向も、その一つに過ぎません。

だから私は、性癖を「良い」「悪い」で判断するより、

その人自身を理解する入り口として見ていきたいと思っています。


まとめ|理解は、否定よりも人を自由にする

この記事では、サディストとマゾヒストについて、心理学や人間関係の視点から考えてきました。

最後に、もう一度お伝えしたいことがあります。

  • サディストとマゾヒストは、必ずしも異常な性癖ではありません。
  • SとMは「安心できる関係性」の違いとして現れることがあります。
  • 性癖は人格そのものではなく、その人の一側面です。
  • 大切なのは、自分や相手を決めつけないことです。
  • 「どうしてそう感じるのだろう」と考えることが、より良い関係への第一歩になります。

人は、自分を理解してもらえたと感じたとき、少し肩の力が抜けます。

そして、その理解は相手だけでなく、自分自身にも向けられるべきものだと私は思います。

性癖に正解はありません。

誰かと比べる必要もありません。

大切なのは、自分と相手が無理をせず、安心して向き合える関係を築いていくことです。

もしこの記事が、そのきっかけになれたなら、これほど嬉しいことはありません。


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