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快楽の追求シリーズ 第1部

目次

人はなぜ快楽を求めるのか|脳が報酬を欲しがる理由

人はなぜ快楽を求めるのでしょうか。

美味しいものを食べたい。

ゆっくり眠りたい。

誰かに認められたい。

そしてセックスをしたい。

どれも当たり前の欲求です。

しかし、なぜ私たちはそこまで快楽に惹かれるのでしょうか。

今回は少しだけ脳科学の話を交えながら、「快楽」について考えてみたいと思います。


快楽を求めるのは異常なことではない

私は61歳になりました。

若い頃と比べれば体力も落ちましたし、徹夜もできなくなりました。

けれど正直に言うと、性欲が完全になくなったわけではありません。

世間では年齢を重ねると性欲がなくなるような話を聞くことがあります。

しかし実際にはそう単純ではないように思います。

もちろん個人差はあります。

けれど性欲そのものは、人間に備わった自然な欲求です。

食欲や睡眠欲と同じように、本来は生きるために必要な仕組みの一つです。

だから私は、性欲を持つこと自体を恥ずかしいことだとは思っていません。


脳は報酬を求めるようにできている

人間の脳には「報酬系」と呼ばれる仕組みがあります。

簡単に言うと、

「これは生きるために大切だ」

と脳が判断した行動に対して、ご褒美を与えるシステムです。

美味しいものを食べる。

好きな人と一緒にいる。

誰かに褒められる。

性的な快感を得る。

こうした行動のとき、脳ではドーパミンという神経伝達物質が分泌されると考えられています。

ドーパミンは「快楽物質」と呼ばれることもありますが、正確には「もっと欲しい」と感じさせる物質に近いそうです。

つまり脳は、

「気持ちよかったから、またやろう」

と学習しているわけです。


性欲だけが特別なわけではない

性欲の話になると、どこか後ろめたい空気が生まれることがあります。

ですが少し考えてみると不思議です。

美味しいラーメンを食べたいと思うことは責められません。

旅行に行きたいと思うことも自然です。

趣味にお金を使うこともあります。

それなのに性欲だけは、なぜか人前で語りにくい。

もちろん節度やマナーは必要です。

しかし欲求そのものを悪者にしてしまうと、人間という生き物を正しく理解できなくなる気もします。


快楽は人を動かすエネルギーでもある

私は若い頃よりも、人間は理性だけでは生きられないと感じています。

快楽があるから頑張れる。

楽しみがあるから働ける。

会いたい人がいるから生きる張り合いが生まれる。

そんな面もあるのではないでしょうか。

快楽という言葉には、どこか軽薄な印象を持つ人もいるかもしれません。

しかし人生を振り返ると、楽しかった記憶の多くは何らかの快楽と結びついています。

美味しい食事。

旅行先の景色。

恋愛。

スキンシップ。

家族との時間。

快楽は人生を豊かにする要素でもあるのです。


快楽を求めることと、振り回されることは違う

ただし一つだけ気をつけたいことがあります。

快楽を求めることと、快楽に支配されることは違います。

もっと。

もっと。

もっと。

そうやって刺激ばかり追いかけると、満足できなくなることがあります。

これは性欲だけではありません。

お金も、食事も、買い物も同じです。

快楽は人生を豊かにします。

しかし快楽だけで人生が満たされるわけでもありません。

このあたりは私自身、61年生きてきて感じる部分です。


まとめ

私は性欲を否定しません。

快楽を求めることも否定しません。

なぜなら、それは人間に備わった自然な仕組みだからです。

ただ、その快楽がどこから生まれ、どこへ向かうのか。

そこを考えることは大切だと思います。

次回は、

「性欲は本能なのか、それとも学習なのか」

というテーマで考えてみたいと思います。

人は生まれつき性的な欲求を持っているのでしょうか。

それとも経験によって作られていくのでしょうか。

皆さんはどう思いますか。

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