「好きな人には、つい何かしてあげたくなる」
そんな女性は少なくないと思います。
疲れていると聞けば心配になる。
忙しそうなら食事を用意してあげたい。
落ち込んでいれば話を聞く。
風邪をひけば、
「薬ある?」
「ちゃんと食べた?」
と気になる。
本人から頼まれていなくても、つい先回りしてしまう。
そんな自分を見て、
「私、母性本能が強いのかな」
と思うこともあるでしょう。
一方で、
「男性に尽くしすぎる女性は幸せになれない」
「世話を焼きすぎると男性をダメにする」
そんな話もよく聞きます。
では、母性本能が強い女性は恋愛で損をするのでしょうか。
最初に答えると、そんなことはありません。
誰かを気にかけられる。
相手の変化に気づける。
困っているときに手を差し出せる。
これは、人と長く付き合っていくうえで大きな力です。
問題になるのは「世話をすること」ではありません。
相手を大切にするために、自分を後回しにし続けること。
そして、
「してあげたい」が「してあげなければ」に変わること。
この二つは似ていますが、恋愛ではかなり違います。
※この記事は「母性本能シリーズ」全15部の第5部です。
**第1部「母性本能とは何なのか|女性には本当に生まれつき備わっているのか」**では、恋愛の中で私たちが「母性本能」と呼んでいる感情の正体から考えています。
【第1部】母性本能とは何なのか|女性には本当に生まれつき備わっているのか
母性本能が強いことは欠点ではない
まず、ここをはっきりさせておきましょう。
面倒見がいい。
人の気持ちに気づきやすい。
困っている人を放っておけない。
好きな人には何かしてあげたい。
これらを、
「尽くす女はダメ」
の一言で否定する必要はありません。
むしろ恋愛では、相手の状態に気づく力は大切です。
「今日、何かあった?」
「疲れてない?」
そんな一言に救われることがあります。
長く一緒にいれば、いつも二人が元気とは限りません。
仕事がうまくいかない日もある。
病気になることもある。
家族の問題が起きることもある。
年齢を重ねれば、若いころにはなかった問題も増えてきます。
そんなとき、
「自分のことは自分でやって」
だけでは、少し寂しい。
人を支える力は、決して悪いものではありません。
「世話をする」と「尽くす」は同じなのか
ここで言葉を少し分けてみます。
たとえば恋人が忙しい。
「今日は大変そうだから、夕飯作っておこうかな」
と思う。
これは自然な気遣いでしょう。
相手も、
「ありがとう。今度は俺が作るよ」
と言う。
こういう関係なら、特に問題はありません。
では、
彼が忙しくても暇でも、毎日自分が食事を作る。
洗濯もする。
片づけもする。
予定も管理する。
愚痴も聞く。
お金の問題まで何とかする。
自分も疲れているけれど、
「私がやらなきゃ」
と思う。
こちらは少し違います。
「相手のためにしたい」から「私がする役割」へ変わっています。
世話をすることが問題なのではなく、
その役割から降りられなくなることが問題なのです。
「してあげたい」が「してあげなきゃ」に変わる瞬間
この違いは、言葉にするとわかりやすいと思います。
「今日はしてあげたい」
なら、自分で選んでいます。
でも、
「私がしてあげなきゃ」
になると、少し義務が入ってきます。
さらに、
「してあげないと嫌われるかもしれない」
になったら、もっと苦しくなります。
料理を作ること自体は同じでも、その内側にある気持ちは全然違う。
「喜んでくれたら嬉しい」
と、
「これくらいしないと愛されない」
では違います。
母性本能が強いかどうかより、
自分の行動を自分で選べているか。
私は、こちらのほうが大切だと思います。
「私がいないとこの人はダメ」と感じることで関係から離れにくくなる心理については、**第4部「なぜダメな男性ほど放っておけないのか|母性本能と恋愛依存の境界線」**で詳しく取り上げています。
第4部|なぜダメな男性ほど放っておけないのか|母性本能と恋愛依存の境界線
「いい彼女」でいようとすると疲れてくる
恋愛をすると、
「いい彼女でいたい」
と思うことがあります。
優しくしたい。
理解してあげたい。
束縛したくない。
愚痴も聞いてあげたい。
SEXも断らないほうがいいのかな。
彼の趣味にも付き合おう。
仕事が忙しいなら我慢しよう。
一つ一つを見ると、どれも相手への気遣いです。
でも全部やったら、かなり大変です。
「いい彼女」という仕事があったら、なかなかの激務です(笑)。
しかも休みがありません。
問題なのは、
相手に愛されるために「役に立つ自分」を演じ続けてしまうこと。
本当は疲れている。
本当は嫌だった。
本当は今日は一人でいたい。
それでも、
「大丈夫だよ」
と言ってしまう。
これが続けば、いつか苦しくなります。
「察してくれない」が増えてきたら要注意
尽くしている側には、ある不満が出てくることがあります。
「私はこんなにしているのに」
です。
自分は彼が疲れていれば気づく。
食事も作る。
予定も合わせる。
話も聞く。
なのに、
自分が疲れていても彼は気づかない。
すると、
「普通、わかるでしょう」
と思う。
でも相手は、本当にわかっていないことがあります。
なぜなら、こちらがずっと、
「大丈夫」
と言ってきたからです。
これは恋愛でよく起こるすれ違いです。
我慢している側ほど、相手に「察してほしい」と思う。
でも、相手から見ると、
「今まで大丈夫だったじゃん」
となる。
どちらが悪いというより、役割が固定されてしまっています。
母性的な女性ほど「自分の弱さ」を見せにくいことがある
いつも支える側にいる人は、自分が支えてもらうのが苦手なことがあります。
「こんなことで頼ったら悪い」
「彼も忙しいから」
「自分で何とかできる」
そうやって一人で処理する。
でも、それでは相手はあなたを支える機会がありません。
恋愛は少し不思議です。
自分が何でもしてあげることで、
「私はあなたを大切にしている」
と伝えている。
ところが自分は何も頼らない。
すると相手には、
あなたを大切にする出番がない。
そんなことが起きます。
たまには、
「今日は疲れた」
と言っていい。
「話を聞いて」
でもいい。
「今日は作りたくないから何か買ってきて」
でもいいでしょう。
むしろ、そういう小さな頼り方ができる関係のほうが長く続く気がします。
相手にしてあげることを減らすのは、冷たいことではない
世話好きな人にとって、これは案外難しいことです。
今までやっていたことをやめると、
「冷たくなったと思われないかな」
と不安になる。
でも、
相手が自分でできることまで全部してあげる必要はありません。
相手が困っている。
すぐ手を出さず、少し待ってみる。
本人が考える。
本人がやる。
失敗する。
もう一度やる。
必要なら、そのとき手伝う。
第4部でも触れましたが、相手の自立を信じることも愛情です。
何でもしてあげることだけが優しさではありません。
ときには「任せる」という優しさもあります。
幸せな「世話好き」は見返りを求めない人なのか
ここで、
「では、見返りを求めず尽くせばいいの?」
と思うかもしれません。
私は、そうとも思いません。
恋愛で見返りを一切求めないなんて、かなり難しいでしょう。
好きな人に優しくしたら、
自分にも優しくしてほしい。
大切にしたら、
大切にされたい。
話を聞いたら、
自分の話も聞いてほしい。
それは普通だと思います。
「無償の愛でなければ本当の愛ではない」
と考える必要はありません。
恋人は親子ではありません。
大人と大人の関係です。
だから、
「私はあなたを大切にする。あなたも私を大切にしてほしい」
でいい。
むしろ、そのほうが健全ではないでしょうか。
大切なのは「同じ量」ではなく「お互いにあること」
では、何をしてもらったら何を返す。
そんなふうに計算するのでしょうか。
それも疲れます。
「昨日私は皿を洗ったから、今日はあなたね」
くらいならいいですが、
愛情ポイントをExcelで管理し始めたら、恋愛というより経理です(笑)。
大切なのは完全な五分五分ではありません。
仕事が忙しい時期もある。
病気になることもある。
片方が多く支える時期があって当然です。
でも長い目で見たとき、
支える方向が一方向だけになっていないか。
ここです。
自分が困ったとき、
相手もこちらを向いてくれる。
自分が弱ったとき、
「どうした?」
と聞いてくれる。
その感覚があるなら、多少の偏りはそれほど問題ではないと思います。
「NO」と言っても関係が壊れないか
尽くしすぎているかどうかを見るうえで、かなりわかりやすいものがあります。
断れるかどうか。
今日は無理。
それはできない。
今は一人になりたい。
お金は貸せない。
その頼みは自分でやってほしい。
SEXしたくない。
こうした「NO」を言ったとき、相手はどう反応するでしょう。
「わかった」
と言える。
少し残念そうでも、こちらの意思を尊重する。
それなら安心できます。
ところが、
不機嫌になる。
責める。
「俺のこと好きじゃないの?」
と言う。
無視する。
罪悪感を持たせる。
そうなると問題は、あなたの母性本能の強さではありません。
二人の関係の中で、あなたの意思が尊重されているかどうか
という話になります。
「世話を焼かなくても愛される」と思えるか
ここまで考えてくると、母性本能が強い女性が幸せになるためのポイントが少し見えてきます。
何もしないことではありません。
冷たい女性になることでもありません。
好きなら世話を焼けばいい。
料理したければ作ればいい。
話を聞きたければ聞けばいい。
抱きしめたければ抱きしめればいい。
ただ、
それをしない日でも、自分には愛される価値がある。
そう思えることです。
今日は疲れたから何もしない。
機嫌も悪い。
髪もボサボサ。
夕飯は買ってきた総菜。
そんな日でも一緒にいられる。
むしろ長く付き合えば、そんな日のほうが多くなるかもしれません(笑)。
「役に立つ私」だけを愛してもらうのではなく、
何もしていない自分でも、そこにいていい。
これは恋愛ではかなり大きな安心だと思います。
母性本能が強い女性は恋愛で幸せになれる
最初の問いに戻ります。
母性本能が強い女性は、恋愛で幸せになれるのでしょうか。
私は、
十分なれると思います。
人を気にかけられる。
相手の変化に気づける。
困っていれば手を差し出せる。
弱いところまで受け止められる。
それは素敵な力です。
ただ、その優しさを相手に全部渡してしまわないこと。
自分にも少し残しておく。
彼が疲れている。
心配する。
でも自分も疲れていたら、
「今日は二人とも疲れてるね」
でいい。
どちらかが、もう一人を救わなくてもいい日があります。
コンビニで何か買ってきて、
二人で食べて、
「今日はもう寝よう」
でもいい。
私は、そういう関係のほうが案外強いと思います。
そもそも「守ってあげたい」という感情が恋愛の「好き」と同じなのか迷う場合は、**第3部「『守ってあげたい』は恋愛感情なのか|母性本能と『好き』の違い」**も参考にしてください。
第3部「守ってあげたい」は恋愛感情なのか|母性本能と「好き」の違い
女性だけが「ケアする側」でなくていい
ここまで第1部から、女性側の「母性本能」を中心に考えてきました。
でも一つ、忘れてはいけないことがあります。
女性だけが、
守る。
世話をする。
話を聞く。
安心させる。
そんな役割を担う必要はありません。
男性だって、
恋人を守りたいと思う。
弱っていれば支えたいと思う。
安心させたいと思う。
そして男性自身も、
誰かに甘えたい。
弱い自分を受け止めてほしい。
安心したい。
そう感じることがあります。
ここから、シリーズの視点を反対側へ移します。
まとめ|優しさを捨てるのではなく、自分にも向ける
母性本能が強い女性は、恋愛で損をする。
私は、そうは思いません。
問題になるのは優しいことではありません。
自分を削らなければ優しくできない関係になってしまうことです。
「してあげたい」
なら、してあげればいい。
でも、
「してあげなければ」
になったら、一度考えてみる。
私は本当にこれをしたいのか。
断っても大丈夫だろうか。
私が困ったとき、この人は私を支えてくれるだろうか。
そして何より、
何もしてあげない私でも、この人の隣にいていいと思えるだろうか。
ここに「世話をする愛」と「尽くしすぎる愛」の境界があるのかもしれません。
母性的な優しさを捨てる必要はありません。
ただ、その優しさを100%相手に使ってしまわない。
自分にも向ける。
そうすれば、
「私がいないとこの人はダメ」
ではなく、
「お互い一人でも大丈夫。でも二人でいると、少し楽になる」
という関係に近づいていけるのではないでしょうか。
そして次の第6部から、視点を男性側へ移します。
第6部|男性はなぜ「母親のような女性」に惹かれることがあるのか|恋愛と安心感の正体
男性が女性に、
「一緒にいると落ち着く」
「この人の前では力を抜ける」
「弱いところを見せられる」
と感じるとき、それは本当に「母親を求めている」のでしょうか。
それとも、大人の恋愛に必要な安心感なのでしょうか。
ここから5本は、**男性側から見た「母性本能」**を掘り下げていきます。
運営者のメッセージ
今回の女性編5本を書いてきて、私が一番気になったのは、
「優しい人ほど、自分には厳しいことがある」
ということです。
相手が疲れていれば、
「無理しないで」
と言える。
でも自分には、
「これくらいやらなきゃ」
と言ってしまう。
相手が失敗すれば、
「誰だって失敗するよ」
と言える。
自分が失敗すると、
「ああ、何やってるんだ」
と思う。
不思議なものです。
61歳になった私も、人には簡単に言えることを、自分にはなかなか言えないことがあります。
恋愛でも同じなのかもしれません。
好きな人を大切にする。
それはいい。
世話を焼くのもいい。
甘えさせてあげるのもいい。
でも、ときどき自分にも聞いてみる。
「私は今、大丈夫かな」
相手に向けている優しさの半分とは言いません。
一割でも二割でも、自分に戻してあげる。
それだけで、恋愛は少し楽になるのではないでしょうか。
女性側から見た母性本能編は、ここで一区切りです。
次からは男性側です。
女性から見た「してあげたい」から、
男性から見た**「してもらうと、なぜこんなに安心するのか」**へ。
同じ「母性」という言葉でも、立つ場所を変えると、かなり違って見えてくると思います。
母性本能シリーズ
第4部|なぜダメな男性ほど放っておけないのか|母性本能と恋愛依存の境界線
ここまでの第1〜5部では、主に女性側から「母性本能」「守ってあげたい気持ち」「恋愛依存」「尽くしすぎる愛」について考えてきました。
母性本能シリーズ|次の記事
第6部|男性はなぜ「母親のような女性」に惹かれることがあるのか|恋愛と安心感の正体
ここまでは主に女性側から「母性本能」を考えてきました。第6部からは男性側へ視点を移し、男性が女性に感じる「安心」と母性の関係を考えます。
