恋人からLINEが来ない。
たったそれだけなのに、何度もスマホを見てしまう。
「忙しいだけだろう」
頭ではそう思っているのに、30分、1時間と経つうちに、
「何か怒らせたかな」
「気持ちが冷めた?」
「もしかして、ほかの人といる?」
と、どんどん悪いほうへ考えてしまう。
そしてLINEが来た瞬間、さっきまでの不安が嘘のようになくなる。
「ああ、よかった」
それだけで機嫌まで良くなる。
こういう恋愛をしたことがある人は、案外多いんじゃないでしょうか。
自分も若い頃はありました。
今考えると、相手を好きだったことは間違いないんです。ただ、それと同じくらい「嫌われたくない」「離れてほしくない」という気持ちも強かった。
当時は、それを全部ひっくるめて「好きだから」と思っていました。
でも、どうもそれだけではなかったようです。
恋愛には、相手を好きになる気持ちとは別に、相手によって自分の不安を消してもらおうとする気持ちが入り込むことがあります。
それが強くなりすぎると、恋愛は楽しいものから、相手の反応を確認し続けるものへ変わってしまいます。
今回は「恋愛依存はなぜ起きるのか」を、愛着という考え方も交えながら考えてみます。
恋愛依存は「好きすぎる」とは少し違う
恋愛依存という言葉を聞くと、
「恋人のことが好きすぎる人」
というイメージを持つかもしれません。
でも、自分は少し違うと思っています。
好きな人に会いたい。
LINEが来ればうれしい。
休日を一緒に過ごしたい。
これは普通の恋愛でもありますよね。
問題は、相手がいない時間です。
仕事をしていても相手のことを考えてしまう。
返信がないと何も手につかない。
友達と食事をしていてもスマホばかり見る。
相手のSNSを確認する。
「今日は何してるの?」
「誰といるの?」
聞かないほうがいいと思いながら、聞かずにはいられない。
こうなってくると、「好きだから会いたい」だけでは説明しにくくなります。
相手から愛されていることを確認できないと、自分が落ち着かない。
こちらの割合が大きくなっているのかもしれません。
たとえば、昨日までは毎晩「おやすみ」とLINEをくれていた恋人が、今日は送ってこなかった。
ただ寝てしまっただけかもしれません。
でも不安が強いと、
「昨日まで送ってくれたのに、なぜ今日はないんだろう」
と考え始める。
そして昨日と今日のLINEを読み返したりする。
「この返事、いつもより短くない?」
もう探偵ですよね。
相手は何もしていないのに、自分の頭の中では事件が起きている。
でも本人にとっては笑い事ではありません。
本当に苦しいんです。
相手の気持ちがわからないときに起きている心理とは|不安・男女差・恋愛の本質を解説
なぜ「愛されている証拠」を何度も欲しくなるのか
恋人から、
「好きだよ」
と言われた。
うれしいですよね。
ところが翌日になると、また不安になる。
「昨日は好きって言ってくれたけど、今日はどうなんだろう」
冷静に考えると、一日でそこまで気持ちは変わらないでしょう。
でも不安というのは、なかなか理屈どおりには動いてくれません。
そこで、
「私のこと好き?」
と聞く。
「好きだよ」
安心する。
しばらくすると、また聞きたくなる。
これを繰り返していると、相手からすれば、
「何回言えば信じてくれるんだろう」
となってしまうことがあります。
本人も本当はわかっているんですよね。
何度聞いても仕方がない。
でも聞きたい。
なぜなのか。
ここで関係してくるのが「愛着」という考え方です。
愛着について細かく分類すると話が難しくなるので、ここでは簡単に考えます。
人にはそれぞれ、誰かと親しくなったときの「安心の仕方」に違いがあります。
相手が少し離れていても、
「まあ大丈夫だろう」
と思える人がいる。
一方で、少し距離を感じただけで、
「捨てられるんじゃないか」
と強く不安になる人もいます。
これは単純に性格が弱い、強いという話でもないようです。
これまでどんな人間関係を経験してきたのか。
過去の恋愛でどう扱われたのか。
自分自身をどう見ているのか。
いろいろなものが重なっているのでしょう。
だから普段は堂々としている人が、恋愛になると急に不安になることもあります。
仕事では部下を何人もまとめているのに、恋人の既読がつかないだけで落ち着かない。
人間というのは面白いものです。
恋愛だけ、昔の弱い自分が顔を出すこともあるのかもしれません。
「好き」なのか「失うのが怖い」のか、自分でもわからなくなる
恋愛依存で一番わかりにくいのは、ここだと思います。
相手のことが大好き。
だから別れたくない。
これは自然です。
でも関係が苦しくなっても離れられない。
毎日のように喧嘩する。
傷つくことを言われる。
もう一緒にいると疲れる。
それでも、
「別れるくらいなら、このままのほうがいい」
と思ってしまう。
こうなると、「好き」だけではなく「一人になる怖さ」がかなり混ざっている可能性があります。
少し想像してみてください。
その人と一緒にいる未来が欲しいのか。
それとも、その人がいなくなる未来が怖いのか。
似ているようで、少し違います。
自分も若い頃は、この区別なんて考えたこともありませんでした。
別れそうになれば必死になる。
相手が離れれば追いかけたくなる。
それを「それだけ愛しているからだ」と思っていた。
でも不思議なもので、相手が戻ってきて安心すると、今度はそこまで幸せでもなかったりする。
だったら、あの必死さは何だったんだろう。
今振り返ると、
相手を取り戻したかったというより、「捨てられた自分」になりたくなかった部分もあったのかな
と思うことがあります。
恋愛には、こういう自分でも気づきにくい感情が混ざります。
返信が来た瞬間に安心するなら、不安を相手に預けているのかもしれない
恋愛依存が苦しくなる理由は、相手が自分の感情のスイッチを持つようになるからだと思います。
朝、優しいLINEが来た。
今日はいい日。
昼に既読無視された。
一気に気分が落ちる。
夜に、
「ごめん、仕事が忙しかった」
と来る。
急に元気になる。
相手は普通に生活しているだけなのに、こちらの一日はジェットコースターです。
これが続くと疲れます。
そしてもっと怖いのは、自分で自分を安心させることが難しくなっていくことです。
不安になる。
相手からLINEが来る。
安心する。
また不安になる。
また相手を求める。
この繰り返しになる。
つまり、恋人そのものだけではなく、恋人からもらえる「安心」に頼るようになっているとも考えられます。
だから相手が少し離れるだけで苦しくなる。
安心させてくれる人がいなくなるからです。
これは前回書いた「一度も会ったことがない人への嫉妬」にも少し似ています。
実際に恋人になっていなくても、毎日のLINEが心の支えになれば、連絡が減っただけで不安になります。
人は意外と簡単に、誰かを自分の日常の一部にしてしまうんですよね。
恋愛依存から離れるというのは、恋人を好きじゃなくなることではない
では、どうしたらいいのか。
「恋人のことを考えないようにしましょう」
と言われても無理でしょう。
好きなんですから。
趣味を持ちましょう。
友達と遊びましょう。
仕事に集中しましょう。
よく言われます。
間違ってはいないと思います。
ただ、恋愛で頭がいっぱいになっている人に、
「趣味を見つければ大丈夫」
と言っても、それで簡単に解決するなら苦労しません。
自分は、もう少し小さなところからでいいと思っています。
たとえばLINEが来ないとき。
すぐに、
「嫌われた」
まで行かない。
「まだ返信が来ていない」
いったん、そこで止める。
これは以前の記事でも書きましたが、
事実と、自分の想像を分ける。
返信がないのは事実です。
嫌われたのは想像です。
ほかの人と会っているのも想像。
別れようとしているのも、まだ想像です。
この間には結構な距離があります。
不安になると、人はこの距離を一瞬で飛び越えてしまいます。
自分もそうでした。
今なら、
「また勝手に話を作ってるな」
と少し笑えることもあります。
若い頃は、とてもそんな余裕はありませんでしたけどね。
そしてもう一つ。
恋人がいない時間に、自分の生活がちゃんと残っていること。
これはやはり大切だと思います。
好きなものを食べる。
一人で出かける。
友人と話す。
犬と散歩する。
何でもいい。
恋人と会わない日にも、自分の一日が進んでいる。
その感覚が少しずつ戻ってくると、
「相手がいない=何もない」
ではなくなります。
恋人を遠ざけるためではありません。
むしろ逆です。
自分の足で立ったまま誰かを好きになれるほうが、長い恋愛には楽なんじゃないかと思います。
相手が不安にさせている場合もある
ここは、恋愛依存について書くときに忘れたくないところです。
何でも自分の心の問題にしてしまうのは違います。
相手が約束を何度も破る。
突然何日も連絡がなくなる。
ほかの異性との関係を隠す。
別れると言ったり、好きだと言ったりを繰り返す。
そんな関係なら、不安になるのは当然でしょう。
それを全部、
「私が恋愛依存だから」
で片づけてしまう必要はありません。
安心できない相手と付き合っているから、安心できないことだってあります。
ここは大事です。
自分の不安から来ているのか。
それとも相手の行動に、実際に不安になる理由があるのか。
たぶん現実には、どちらか100%というより両方が混ざっていることも多いのでしょう。
だから、
「自分が変われば全部解決する」
とも限りません。
恋愛は一人ではできませんからね。
「一人でも大丈夫」は、一人で生きろという意味ではない
恋愛依存について調べると、
「自立しましょう」
という言葉がよく出てきます。
自分はこの言葉、少し苦手なんです。
何でも一人でできるようになって、誰にも頼らず、寂しさにも耐えましょう。
そんなふうに聞こえてしまうからです。
でも、人は誰かに頼っていいと思います。
寂しいときに、
「会いたい」
と言ってもいい。
不安なときに、
「今日はちょっと話したい」
と言うのもいいでしょう。
それも恋愛です。
問題になるのは、
相手がいないと自分そのものが保てなくなってしまうこと
なんじゃないでしょうか。
一人でも生きられる。
でも二人だとうれしい。
会えない日も自分の生活がある。
でも会えた日はもっと楽しい。
自分は、そのくらいの関係が一番楽なのかなと思うようになりました。
もちろん、若い頃の自分に言ったところで、
「そんなきれいにいくかよ」
と言われそうですが(笑)。
その通りです。
人間ですから、嫉妬もします。
不安にもなる。
ときには相手のLINEを待ってしまう。
完全に自立した人間にならなくてもいいんです。
ただ、相手の返信一つで自分の価値まで決めない。
そこだけでも、ずいぶん違うように思います。
まとめ|恋愛依存の奥にあるのは「好き」だけではない
恋愛依存は、
「相手を好きすぎるから起こる」
それだけでは説明できないと思います。
嫌われたくない。
置いていかれたくない。
一人になりたくない。
自分を必要としてほしい。
安心したい。
いろいろな気持ちが「好き」の中に混ざっています。
だから恋愛依存になっている自分に気づいたとき、
「こんな自分はダメだ」
と決めつけるより、
「自分は何がこんなに怖いんだろう」
と考えてみるほうがいいのかもしれません。
相手を失うことなのか。
一人になることなのか。
自分に価値がないと思ってしまうことなのか。
そこが見えてくると、恋愛の見え方も少し変わります。
恋人を大切にすることと、恋人だけを心の支えにすることは同じではありません。
好きな人は好きなままでいい。
会いたいときは会いたいと言えばいい。
ただ、その人からLINEが来ない夜にも、自分の人生はちゃんと続いている。
それくらいの余白があったほうが、恋愛は長く楽しめるんじゃないでしょうか。
運営者のメッセージ
若い頃の自分は、恋愛で不安になると、その答えを全部相手に求めていたような気がします。
「好き?」
「大丈夫?」
「嫌いになってない?」
言葉にしなくても、心の中では何度も確認していました。
今考えると、相手も大変だったでしょうね。
年齢を重ねたから恋愛の不安が全部なくなった、なんて格好いいことは言えません。
人を好きになれば、いくつになっても気になるものは気になります。
ただ昔と少し違うのは、
「今、自分は不安になっているな」
と、一歩離れて見られるようになったことでしょうか。
恋愛は、誰かを好きになることです。
でも同時に、自分でも知らなかった自分を見ることでもあります。
嫉妬する自分。
寂しがる自分。
捨てられることを怖がる自分。
あまり格好よくない自分も出てきます。
それも含めて恋愛なのかもしれません。
だから、自分の弱いところが見えたからといって、慌てて消さなくてもいい。
「自分には、こういうところがあるんだな」
そこから少しずつ付き合っていけばいい。
61歳になった今は、そんなふうに思っています。
