「この人、私がいないと大丈夫かな」
なぜか、そんなふうに思ってしまう男性がいます。
仕事はちゃんとできる。
普段はしっかりしている。
人前では弱音も吐かない。
ところが二人になると、
「今日はちょっと疲れた」
とポツリと言ったりする。
料理は苦手。
部屋もちょっと散らかっている。
たまに信じられないような失敗をする。
すると、
「もう、しょうがないなあ」
と思いながら、なぜか嫌ではない。
むしろ、かわいく見えてくる。
恋愛では、こういう感情を、
「母性本能をくすぐられる」
と表現することがあります。
では、母性本能をくすぐる男性とは、どんな男性なのでしょうか。
最初に答えると、単に「頼りない男性」ではありません。
女性が母性的な感情を抱きやすいのは、普段の姿と弱い部分との間にギャップがあり、その弱さを自分に見せてくれたときです。
そこには、
かわいい。
守ってあげたい。
助けてあげたい。
という気持ちだけでなく、
「この人は私には心を開いてくれている」
という特別感が混ざることがあります。
だから「放っておけない」が、いつの間にか「好き」に近づいていくことがある。
ただし、ここには少し注意したいところもあります。
「放っておけない男性」と「放っておいたら本当に何もしない男性」は、似ているようでかなり違うからです。
今回は、この境目まで考えてみます。
※この記事は「母性本能シリーズ」全15部の第2部です。
第1部「母性本能とは何なのか|女性には本当に生まれつき備わっているのか」では、そもそも私たちが恋愛で「母性本能」と呼んでいる感情の正体から考えています。
母性本能をくすぐる男性には「隙」がある
完璧な人は魅力的です。
仕事ができる。
判断も早い。
料理もできる。
部屋もきれい。
人付き合いもうまい。
何でも一人でできる。
素晴らしい。
ただ、あまりに完璧だと、
「私がいなくても、この人は何も困らないだろうな」
と感じることがあります。
もちろん、それで恋愛対象にならないわけではありません。
でも「守ってあげたい」という感情は出にくいかもしれません。
一方で、
仕事はできるのに料理だけは壊滅的。
普段は冷静なのに犬を見ると顔が緩む。
人前では強いのに二人になると弱音を吐く。
そんなところを見ると、急に人間らしく感じる。
この「隙」が、心の距離を縮めることがあります。
完璧だから惹かれるのではなく、
完璧ではないところを知って、もっと惹かれる。
恋愛には、そんな逆転が起きます。
「普段は強い人」が弱さを見せると、なぜ気になるのか
たとえば、いつも職場では頼られている男性がいるとします。
何か問題が起きても、
「大丈夫、やっておくよ」
と言う。
そんな人と二人で食事をしているとき、突然、
「最近ちょっとしんどいんだよね」
と言った。
おそらく、その一言の印象は大きいでしょう。
いつも弱音ばかり吐いている人の、
「疲れた」
とは少し違います。
なぜでしょう。
そこにはギャップがあります。
そしてもう一つ、
「みんなには見せない部分を、自分には見せてくれた」
という感覚があります。
これは単に相手が弱く見えたという話ではありません。
自分が相手の内側に少し入れたように感じる。
だから距離が縮まるのです。
「守ってあげたい」と思ったつもりが、その奥では、
「私を信頼してくれたのかな」
と嬉しくなっていることもあります。
甘えてくる男性を「かわいい」と感じる理由
男性から甘えられるのが好きな女性もいます。
「疲れた」
「今日は何もしたくない」
「ちょっとくっついていい?」
そんな姿を見て、
「かわいい」
と思う。
ここで興味深いのは、大人の男性に対して使う「かわいい」という言葉です。
子どもに対する「かわいい」とは少し違います。
恋愛の「かわいい」には、
無防備。
素直。
自分にだけ見せる顔。
安心している姿。
そういったものが含まれることがあります。
普段は社会の中で「大人の男性」として振る舞っている人が、自分の前だけ少し力を抜く。
その姿を見ると、
「ここでは安心しているんだな」
と感じる。
だから嬉しい。
母性本能をくすぐられたように感じても、その中には信頼されている喜びが含まれているのかもしれません。
一生懸命なのに少し不器用な男性も放っておけない
これも強いですね。
何もしない人ではありません。
ちゃんとやろうとしている。
でも、うまくいかない。
料理を作ってくれた。
キッチンを見ると、
「どうしたら、ここまで散らかるんだ」
という状態になっている(笑)。
でも本人は一生懸命です。
こういう場合、
「しょうがないな」
と言いながら手伝いたくなることがあります。
ポイントは、本人も努力していることです。
これが、
「料理できないから全部やって」
になると、話が変わります。
母性本能をくすぐる不器用さは、
できないけれど、やろうとしている。
ここに愛嬌があります。
最初から相手にやらせるつもりの人とは違います。
夢を追っている男性を応援したくなることもある
もう一つ、
「この人を支えてあげたい」
という感情が生まれやすいのが、何かに一生懸命な男性です。
仕事。
スポーツ。
資格。
独立。
創作活動。
何でもいいでしょう。
まだ成功していない。
でも本人は真剣です。
失敗する。
落ち込む。
また挑戦する。
それを近くで見ていると、
「頑張ってほしい」
と思う。
ときには、
「私が支えてあげたい」
という気持ちになることもあります。
これも恋愛では「母性本能」と呼ばれることがあります。
ただ、本当に惹かれているのは弱さではなく、
弱さを抱えながら前に進もうとしている姿
なのかもしれません。
人は完成品だけを好きになるわけではありません。
未完成だからこそ、一緒に歩きたくなることもあります。
「放っておけない」は恋愛感情なのか
ここから少し難しくなります。
困っている男性を見る。
助けたいと思う。
心配になる。
連絡が来ないと、
「大丈夫かな」
と気になる。
これは恋なのでしょうか。
必ずしもそうとは限りません。
もともと面倒見のいい人なら、友人にも同じことをするでしょう。
困っている人を見ると助ける。
それは恋愛ではなく、その人自身の優しさかもしれません。
ただ、
他の人ならそこまで気にならないのに、この人だけ気になる。
帰宅してからも考えてしまう。
連絡が来ると嬉しい。
他の女性に頼っていると、少し面白くない。
ここまで来ると、母性的な感情だけでは説明しにくくなります。
「守ってあげたい」の中に、
「私を頼ってほしい」
が入ってくるからです。
そして、
「他の人ではなく、私を」
になった瞬間、恋愛感情との境界がかなり曖昧になります。
「守ってあげたい」という気持ちが、そのまま恋愛感情なのかについては、
第3部「『守ってあげたい』は恋愛感情なのか|母性本能と『好き』の違い」で詳しく考えています。
「私にだけ弱さを見せる」が特別感になる
恋愛では、「自分だけ」という感覚はかなり強いものです。
誰にでも甘える男性なら、
「この人、甘えん坊なんだな」
で終わるかもしれません。
ところが、
他人の前では強い。
友人にもあまり弱音を吐かない。
なのに自分には話してくれる。
そうなると、
「私には心を許してくれている」
と感じます。
この特別感が、相手への気持ちを強くすることがあります。
つまり母性本能をくすぐられる感覚には、
相手が弱いから。
だけではなく、
その弱さを見せる相手として自分が選ばれたから。
という側面もあるのです。
ここを理解すると、
「なぜ私はこの人をこんなに気にしてしまうんだろう」
という疑問が少し見えてきます。
「頼られること」が気持ちよくなる場合もある
人から頼られると、嬉しいものです。
「ありがとう」
「助かった」
「君がいてよかった」
と言われる。
嫌な気はしません。
好きな相手なら、なおさらでしょう。
自分が何かをして、相手が喜ぶ。
すると、
「もっとしてあげたい」
と思う。
ここまでは普通です。
ただ、この気持ちは少しずつ形を変えることがあります。
最初は、
「この人の役に立てて嬉しい」
だった。
それが、
「この人には私が必要」
になり、
やがて、
「私がいなければ、この人はダメ」
になる。
このあたりから「母性本能」という言葉だけでは説明できなくなります。
「放っておけない男」と「世話をさせる男」は違う
ここは第2部で一番覚えておいてほしいところです。
母性本能をくすぐる男性と、
女性の母性的な気持ちを利用する男性
は同じではありません。
たとえば、
仕事で落ち込んだときだけ少し甘える。
これは普通でしょう。
でも、
お金がないから出して。
部屋を片づけて。
食事を作って。
予定を決めて。
仕事の愚痴を毎日聞いて。
問題が起きたら何とかして。
それなのに、自分は相手のためにはほとんど何もしない。
ここまで来ると、
「母性本能をくすぐる男性」
というより、
相手に生活と感情の管理を任せている男性
になってきます。
「しょうがないなあ」
が最初はかわいくても、毎日になると、
「本当にしょうがないな」
に変わります(笑)。
同じ言葉でも意味がまったく違います。
なぜ「ダメな男」ほど気になることがあるのか
ここにはもう一段深い問題があります。
周りから、
「そんな人やめたほうがいいよ」
と言われる。
自分でも、
「そうだよね」
と思う。
でも離れられない。
なぜでしょう。
一つ考えられるのは、
相手を助けることが、自分の役割になっているからです。
相手が困る。
自分が助ける。
相手が喜ぶ。
自分は必要とされる。
この繰り返しによって、
「この人のために私は必要なんだ」
という感覚が生まれることがあります。
すると相手が自立することさえ、少し寂しく感じる場合があります。
これはなかなか複雑です。
頭では、
「もっとしっかりしてほしい」
と思っている。
でも本当に一人で何でもできるようになったら、
「私の役目がなくなる」
ような気もする。
このあたりになると、単なる「面倒見のいい女性」という話ではありません。
恋愛と自己価値が絡み始めています。
この問題は、第4部で詳しく扱います。
「助けたい」のか、「助ける自分が必要」なのか
少し厳しい問いですが、自分の気持ちを知る手がかりになります。
好きな男性が困っているとき、
「助けたい」
と思った。
では、その男性が自分ではなく別の人に助けてもらい、元気になったらどう感じるでしょう。
「よかった」
と思える。
それなら、本当に相手の幸せを願っている部分が大きいのでしょう。
でも、
「なんで私に頼らなかったの?」
と強く感じる。
別の女性に相談したと知って、ひどく嫉妬する。
そんな場合には、
助けたいだけではなく、
「私を必要としてほしい」
という気持ちも入っているかもしれません。
もちろん、好きな人なら多少はあります。
人間ですから。
問題は、それが悪いかどうかではありません。
自分の中に何があるのかを知っておくことです。
母性本能をくすぐる男性に惹かれることは悪いことではない
ここまで読むと、
「放っておけない男性を好きになったら危険なの?」
と思うかもしれません。
そんなことはありません。
弱いところを見せ合える。
困ったときには支え合う。
片方が疲れているときには、もう片方が少し多く動く。
これは普通の関係です。
むしろ、いつでも完璧な姿しか見せられない恋愛のほうが疲れるでしょう。
大切なのは、
一方だけがずっと「世話をする人」にならないこと。
今日は彼女が彼を支える。
別の日には彼が彼女を支える。
完全な五分五分でなくてもいいと思います。
でも長い目で見ると、
「この人といると、自分も支えてもらえる」
と思える。
それなら、「母性本能をくすぐられる」という感情も、二人の親密さの一部になり得ます。
「かわいい」と感じる男性を性的にも好きになることはある
そして、このシリーズではここを避けません。
女性が男性を、
「かわいい」
「守ってあげたい」
と思う。
すると、
「それって恋愛というより母親みたいな感情なのでは?」
と思う人もいるでしょう。
でも実際の恋愛感情は、そんなにきれいに分かれていません。
頼もしいと思う。
かわいいと思う。
尊敬する。
守りたいと思う。
触れたいと思う。
性的に惹かれる。
一人の男性に、これらを同時に感じることがあります。
「守ってあげたい」と「SEXしたい」は、必ずしも矛盾しません。
なぜそうなるのか。
これは第11部以降の「母性本能とSEX」で詳しく考えていきます。
今の段階では、
母性的な感情があるから恋愛ではない。
かわいいと思ったら性的対象ではない。
と決めつけなくてもいい。
そのくらいに考えておきましょう。
まとめ|惹かれているのは「弱い男」ではなく、自分に見せてくれた弱さなのかもしれない
母性本能をくすぐる男性とは、どんな男性なのでしょう。
甘える男性。
少し不器用な男性。
無邪気な男性。
弱いところを見せる男性。
一生懸命だけれど失敗する男性。
いろいろあります。
でも、それらをまとめて考えてみると、一つ見えてくるものがあります。
女性が惹かれているのは、
単なる「弱い男性」ではなく、
普段とは違う無防備な姿を、自分に見せてくれた男性
なのかもしれません。
そこに、
かわいい。
守りたい。
信頼されて嬉しい。
必要とされたい。
自分だけが知っている。
そんな感情が重なっていく。
そして、ときには恋愛感情へ変わっていきます。
ただし、
「放っておけない」
と思ったときほど、一度考えてみてもいい。
私はこの人を好きなのだろうか。
それとも、
この人から必要とされている自分が好きなのだろうか。
似ていますが、少し違います。
その違いが、恋愛の行き先を大きく変えることがあります。
次の第3部では、
「守ってあげたい」は恋愛感情なのか|母性本能と「好き」の違い
を考えます。
「心配だから気になる」のか。
「好きだから心配なのか」。
ここは母性本能と恋愛を考えるうえで、かなり大きな分岐点になります。
運営者のメッセージ
「放っておけない人」というのは、不思議な存在です。
何でも完璧にできる人より、ちょっと抜けている人のほうが記憶に残ることがあります。
私も61歳になりましたが、今になって思うのは、人間の魅力は案外「欠けているところ」に出るのかもしれないということです。
完璧な人には、
「すごいな」
と思う。
でも不器用なところを見せられると、
「しょうがないなあ」
と思う。
この「しょうがないなあ」には、結構いろいろな感情が入っています。
ただ、一つだけ気をつけたい。
「しょうがないなあ」と笑えるうちはいい。
それが、
「どうして私ばっかり……」
に変わったら、少し関係を見直したほうがいいのかもしれません。
世話を焼くことと、背負うことは違います。
相手の弱さを愛おしいと思える。
でも、自分が弱ったときには相手もこちらを支えてくれる。
私は、そんな関係なら「母性本能をくすぐられる恋」も悪くないと思います。
むしろ、完璧ではない二人だからこそ近づける。
恋愛というのは、そのくらい不完全なほうが、人間らしいのかもしれません。
母性本能シリーズ
第1部|母性本能とは何なのか|女性には本当に生まれつき備わっているのか
第3部では、「守ってあげたい」という気持ちは本当に恋愛感情なのかを考えていきます。
母性本能シリーズ|次の記事
第3部|「守ってあげたい」は恋愛感情なのか|母性本能と「好き」の違い
「放っておけない」「守ってあげたい」という気持ちは、本当に恋なのでしょうか。母性的な気持ちと恋愛感情の違いを考えます。
