―― そのことに気づかないまま私たちは生きている ――
あなたは今までに、誰かの人生を変えたことがありますか。
そう聞かれると、多くの人は「そんなことはない」と答えるのではないでしょうか。
私もそう思っていました。
特別な仕事をしているわけでもなく、有名人でもありません。
ただ普通に仕事をして、家族や友人と関わりながら生きてきただけです。
だから、自分が誰かの人生を変えるような存在だとは考えたことがありませんでした。
でも、61歳になって考えるのですが、それは少し違うのかもしれません。
人は、自分が思っている以上に、他人の人生を変えています。
しかも、そのことに気づかないまま生きているのです。
人生は「大きな出来事」だけで変わるわけではない
人生を変える出来事と聞くと、多くの人は結婚や離婚、就職、転職、病気、引っ越しのような大きな出来事を思い浮かべるでしょう。
もちろん、それらは人生の転機です。
でも、その転機を生み出したきっかけは、本当に大きな出来事だったのでしょうか。
振り返ってみると、案外そうではありません。
先生の何気ない一言。
友人との雑談。
上司からの励まし。
恋人との会話。
あるいは、本屋で手に取った一冊の本。
その場では何も変わらなかったように思えても、あとから振り返ると「あれが始まりだった」と感じることがあります。
人生は、大きな出来事だけで形づくられているのではなく、小さな出来事の積み重ねで少しずつ方向を変えているのかもしれません。
私たちは「影響を受けたこと」は覚えていても、「与えたこと」は知らない
子どもの頃を思い出してみてください。
「あの先生に褒められたから頑張れた。」
「親に言われたあの言葉が忘れられない。」
そんな記憶がある人は多いと思います。
つまり、私たちは誰かから受けた影響は比較的よく覚えています。
ところが、自分が誰かに与えた影響になると、ほとんど分かりません。
何気なく励ました友人が、その言葉を支えに新しい挑戦をしていたかもしれません。
職場でかけた「ありがとう」の一言が、落ち込んでいた同僚を救っていたかもしれません。
逆に、深く考えずに言った一言が、誰かを長い間傷つけてしまった可能性もあります。
しかし、その多くは知ることがありません。
相手は何十年も覚えていても、自分は翌日には忘れてしまう。
そんなことが、人と人との間では日常的に起きているように思います。
人は一人で人生を歩いているようで、一人では歩いていない
私は若い頃、「人生は自分の努力で切り開くものだ」と考えていました。
もちろん、その考えは今も大切だと思っています。
ただ、年齢を重ねるにつれて、もう一つの事実にも気づくようになりました。
自分の考えや価値観は、自分だけで作られたものではないということです。
親の言葉。
学校の先生。
職場の先輩。
恋人。
妻。
仕事で出会った人。
本で出会った著者。
数え切れない人たちとの関わりが、今の自分を少しずつ形づくってきました。
もし一人でも違う人と出会っていたら、今の私は少し違う人生を歩いていたかもしれません。
そう考えると、人は「一人で生きている」というより、「多くの人の影響を受けながら生きている存在」なのだと思います。
影響力は、特別な人だけが持つものではない
影響力という言葉を聞くと、有名人や政治家、経営者のような多くの人を動かす存在を想像します。
でも、本当は違います。
家庭で交わす一言。
職場での何気ない会話。
コンビニの店員さんへの「ありがとう」。
電車で席を譲る行動。
そんな小さな出来事も、誰かの気持ちを変えています。
その変化は目に見えません。
だから私たちは、自分には影響力がないと思ってしまいます。
けれど、見えないことと、存在しないことは違います。
風を見ることはできませんが、木々が揺れることで風が吹いていると分かるように、人の言葉や行動もまた、目には見えなくても誰かの心を少しずつ動かしているのでしょう。
だから、人との関わりは面白くて難しい
ここまで書いてきて、「そんなに影響があるなら、何も話せなくなる」と感じる人もいるかもしれません。
私もそう思いました。
でも、このシリーズで伝えたいのは、「言葉には責任があるから慎重になりましょう」という話ではありません。
人は互いに影響を与え合う存在です。
それは避けることができません。
だからこそ、自分の言葉を絶対に正しいと思わず、一つの考え方として相手に渡す。
そして、相手が自分で考え、自分で選べる余白を残す。
その姿勢のほうが大切なのではないかと思うのです。
おわりに
私は61歳になって考えるのですが、人は誰かの人生を変えながら、自分もまた誰かによって変えられています。
しかし、その影響のほとんどを知ることはありません。
だから私たちは、自分が受けた優しさにも、自分が与えているかもしれない優しさにも、案外気づかずに生きているのでしょう。
この「見えない影響力」を意識すると、人との関わり方は少し変わるかもしれません。
次回は、相談という行為に焦点を当てます。
相談に答えることは、本当に「答えを教えること」なのでしょうか。
それとも、相手の未来に新しい選択肢を渡しているだけなのでしょうか。
そんなことを、一緒に考えてみたいと思います。
