愛情の器シリーズを書き始めた頃、私はこんな疑問を持っていました。
人は本当に一人しか愛せないのだろうか。
その問いから始まり、
独占欲、誠実さ、承認欲求、依存、運命、犬との愛情、そしてペットロスについて考えてきました。
前回の記事では、愛犬を失う悲しみについて書きました。
その記事を書き終えたあと、もう一つだけ考え続けていたことがあります。
それは、
「別れたあとも、愛は残るのだろうか。」
ということです。
今日は、そのことについて書いてみたいと思います。
愛は終わるものだと思っていた
若い頃の私は、
恋愛が終われば愛も終わると思っていました。
別れれば終わり。
離婚すれば終わり。
亡くなれば終わり。
そう考えていました。
でも61歳になった今は、少し違います。
人生を振り返ると、
終わったはずの関係が、
今の自分を支えていることに気付くからです。
思い出は消えない
不思議なものです。
昔よく通った道。
一緒に食事をした店。
何気なく聞いた音楽。
そういうものに触れた瞬間、
当時の記憶が鮮明によみがえります。
その人はもう隣にはいません。
でも、その人と過ごした時間は、
今も自分の中に生きています。
私はそれも愛の一つだと思うのです。
別れは愛情を否定しない
恋愛が終わると、
「あの時間は無駄だった。」
と言う人がいます。
しかし私はそうは思いません。
その人と笑った日。
励まされた日。
一緒に泣いた日。
それらは確かに存在しました。
別れたからといって、
その時間まで消えるわけではありません。
終わった関係にも、
本物の愛情はあったのだと思います。
人は愛した分だけ変わる
誰かを深く愛すると、
自分も変わります。
考え方が変わる。
優しくなれる。
弱さを知る。
人の痛みが分かるようになる。
そうやって人生は少しずつ形を変えていきます。
だから、
たとえ別れても、
その人は今の自分の一部になっています。
忘れることだけが前に進むことではない
「早く忘れなさい。」
そんな言葉を耳にすることがあります。
でも私は、
無理に忘れなくてもいいと思っています。
忘れられない人がいてもいい。
思い出して涙が出る日があってもいい。
それだけ大切な存在だったということです。
時間が経つと、
涙は少しずつ感謝へ変わっていきます。
その変化こそが、
心が前へ進んでいる証なのではないでしょうか。
愛は形を変える
恋人だった人が、
思い出の人になる。
愛犬が、
心の中で話しかけてくる存在になる。
親が、
人生の道しるべになる。
愛は消えるのではなく、
形を変えて残っていく。
私はそんな気がしています。
今そばにいる人を大切にする
別れについて考えていると、
逆に今がどれほど大切なのかが見えてきます。
今日話せること。
今日笑えること。
今日一緒に食事ができること。
それは決して当たり前ではありません。
人生はいつか必ず別れを迎えます。
だからこそ、
今という時間を大切にしたい。
61歳になって、そんなことをよく考えるようになりました。
愛情の器シリーズを書いてきて
このシリーズは、
「人は何人愛せるのか。」
という問いから始まりました。
しかし最後に見えてきたのは、
人数ではありませんでした。
人は、
誰かを愛した時間によって成長していく。
愛は所有ではない。
依存でもない。
そして、
別れたあとも人生を支え続ける力になる。
それが私なりにたどり着いた答えです。
まとめ
愛する人を失っても、
愛はなくなりません。
形を変えながら、
心の中で生き続けます。
だから私たちは、
思い出に救われる日があります。
昔の写真を見て笑える日があります。
「あの人と出会えてよかった。」
そう思える日が来ます。
愛とは、
一緒にいる時間だけを指すものではないのかもしれません。
別れのあとも、
人生を温かく照らし続けるもの。
私は、そんな愛があってもいいと思っています。
そして次回、このシリーズは最後の記事になります。
人生の後半で、夫婦やパートナーとどのような距離感で生きていくのか。
「老後の夫婦に恋愛感情は必要なのか」
というテーマで、この長いシリーズを締めくくりたいと思います。
