EDからの復活

私は少し前にEDになりましたが現在は復活しています。
今回は、簡単な経緯を物語風に書いてみました。

五十八歳の冬、あの日のことは今でもはっきり覚えている。
妻と穏やかな夜を過ごしていたはずだった。長い結婚生活、言葉にしなくても通じ合える安心感。ところが、
体がまったく言うことを聞かなかった。焦りだけが先に立ち、気持ちはあるのに、どうにもならない。

「年だから仕方ないよ」
妻はそう言ってくれた。責めるどころか、むしろ気遣うような笑顔だった。それが逆に胸に刺さった。情けなさと悔しさと、言葉にできない喪失感。男として何か大切なものを失ったような気がした。

その日から、私は“見ないふり”を始めた。仕事は忙しい、疲れている、今日はその気分じゃない。自分に言い訳を重ねた。でも心の奥では分かっていた。これは単なる一時的な不調じゃない。いわゆるEDだ。

意を決してクリニックの扉を叩いたのは、それから一か月ほど経ってからだった。待合室には同年代、あるいはもっと若い男性もいた。妙な安心感と同時に、「自分だけじゃないんだ」という現実を突きつけられた。
医師は淡々と、しかし丁寧に説明してくれた。血流、ホルモン、ストレス、生活習慣。
EDは“老化の終点”ではなく、“体からのサイン”だと。

処方された薬は、正直、最初は半信半疑だった。けれど試してみると、確かに以前とは違う感覚が戻ってくる。ただし万能ではない。気持ちが追いつかない日もあった。私は次に、サプリメントを試した。亜鉛、アルギニン、マカ。
最初は「気休めだろう」と思っていたが、三か月ほど続けるうちに朝の目覚めが少し変わってきた。

決定的だったのは、トレーニングだった。医師に勧められた軽いスクワットと骨盤底筋の体操。最初は一日五分。馬鹿らしいほど地味な運動だが、これが予想以上に効いた。体を動かすことで血流が改善され、何より「自分で取り戻している」という実感があった。

途中、何度も心が折れかけた。思うような結果が出ない週もあったし、年齢を理由に諦めたくなる日もあった。それでも続けられたのは、妻の存在が大きかった。「できなくてもいい。でも一緒にいたい」
その言葉に、私は何度救われただろう。

そして六か月が過ぎた頃、変化は確かなものになった。完璧ではない。でも週に一度、自然に、無理なく、
向き合えるようになった。若い頃のような勢いはないが、その分、心は穏やかだ。

六十歳になった今、私は思う。EDは終わりじゃなかった。立ち止まって、自分の体と向き合い、
生き方を少し変えるきっかけだったのだと。
年を重ねても、人は回復できる。時間はかかるけれど、確実に前に進める。

あの冬の日から、私は少しだけ自分を好きになれた。
まだまだ、いろいろ頑張らないとな。

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