ふと、休日の昼下がりに思うことがあります。 「この美味しいお茶を、誰かと一緒に飲めたら、もっと美味しいだろうな」と。
定年を迎え、仕事という鎧を下ろした後。 私たちに訪れるのは、自由な時間と、それと同じくらいの質量の「静けさ」です。
妻に先立たれた方、離婚された方、あるいはずっと独身を通してきた方。 事情はそれぞれ違っても、60代の男性が抱える**「ふとした瞬間の寂しさ」**は、どこか似ている気がします。
「婚活」なんて、気恥ずかしいと思っていました
正直に言えば、この歳になって「パートナー探し」なんて、みっともないと思っていました。
「いい歳をして、色恋沙汰か」 「ガツガツしていると思われたくない」
そんなプライドが邪魔をして、誰かを求めたい気持ちに蓋をしていたのです。 しかし、ある友人の言葉が、私の凝り固まった考えを変えました。
「恋人じゃなくていい。『茶飲み友達』を探せばいいんだよ」
その言葉で、肩の力が抜けました。 そうか。私が求めていたのは、胸が高鳴るような若い頃の恋愛(ときめき)ではない。 ただ、天気のいい日に一緒に散歩をしたり、美味しいご飯を食べて「美味しいね」と笑い合えたりする、陽だまりのような安らぎだったのだと。
アプリは「若者の遊び場」ではなかった
それから私は、恐る恐るですが、現代のツールである「マッチングアプリ」というものを覗いてみました。
最初は「怪しい」「怖い」という偏見がありました。 しかし、実際に使ってみて驚きました。そこには、私と同じように「これからの人生を一緒に歩けるパートナー」を真剣に探している同世代の女性がたくさんいたのです。
- 夫を見送って、一人で静かに暮らしている女性。
- 子育てを終え、自分の人生をもう一度楽しみたいと思っている女性。
彼女たちもまた、寂しさを抱え、勇気を出してここに登録していたのです。 画面の向こうにいるのは、得体の知れない誰かではなく、私たちと同じ**「温もりを求める一人の人間」**でした。
傷つかないための「大人の作法」
もちろん、焦りは禁物です。 60代の出会いは、若者のように勢いで突っ走る必要はありません。
まずはメッセージのやり取りから、ゆっくりと。 趣味の話、昔好きだった映画の話、最近の体調の話(笑)。 文字を通じて相手の人柄に触れ、「この人とならお茶をしてみたいな」と思えた時だけ、会えばいいのです。
もし合わなければ、静かにお断りすればいい。 お互いに大人です。そこには節度と、相手への敬意があります。
人生は、一人で終えるには長すぎる
「もう60歳だから」と諦めますか? それとも、「まだ60歳だから」と新しい扉を開けてみますか?
人生100年時代。残された時間は、私たちが思っている以上に長いものです。 その長い時間を、ただ孤独に耐えて過ごすのか。 それとも、誰かと「おはよう」「おやすみ」を言い合える喜びと共に過ごすのか。
私は後者を選びたいと思いました。
